Luz de Tokyo

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2008年 04月 23日

あれから



ブログというものは一度書かなくなると、どんどん面倒になるものだ。
海外ボランティアをきっかけに書き始めたこのブログ。
任期を終えて日本に帰国したら、案の定書く気が失せてしまっていた。

同期ボランティアたちのブログを久しぶりに見てみた。
大半は僕と同様、帰国を境にぷっつりと更新されなくなっている。
しかし、中にはしっかり書き続けている人もおり、久しぶりで近況を知ることができてうれしかったのだ。
ということで、私も再開しようかという気になったわけ。
名前も変えました。
月に1回ペースの更新になるかもしれないが、まあ書かないよりはましかと。

さしあたって、近日中に帰国から現在までの近況をアップする予定、というかつもりである。
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# by luz_esperanza_777 | 2008-04-23 23:22
2007年 04月 09日

さくら




桜ってのは本当に特別な花だなあと思う。
テレビも新聞も連日「●●公園の桜は…」「お花見は…」とサクラネタばかり。
そして、確かにほかの花に比べて僕たちの関心も高い。

今厄介になっている実家の周辺にも、観光地になるほどではないけれど隠れた桜の名所がいくつかあって、父や母を連れて(あるいは連れられて)花を見に出掛けたりもする。

僕の記憶にある故郷の桜は、かつて通った小学校に咲いていた桜と、高校時代の通学路にあった自衛隊駐屯地の桜。
特に後者は鮮明な記憶が残っていて、自転車で駆け抜ける通学路が春風に吹き散らされた桜吹雪で前が見えないほどだったこと、帰宅したら髪に花びらが一枚はりついていたりしたことを今でも思い出したりする。

如月の桜の下を終焉の地としたいと願い、そのとおりの季節に死んでいったのは西行。
かつて『山家集』を読んでいて、「オレなら秋に紅葉の下で死にたいな」などと思ったものだが、今は「桜の下もいいかもしれん」と思う。



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桜の下なら、笑ってサッパリ終われそうな気がする。
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# by luz_esperanza_777 | 2007-04-09 01:59
2007年 04月 01日

帰国後の日々





1月に帰国して、もうすぐ3ヶ月になろうとしている。
早く身の振り方を決めてしまおうと、どこにも寄らず、まっすぐ日本へ帰ってきた。
しかし、その後進路はいっこうに決まらず、日々は過ぎていく。

暇な日は、故郷の街から程近い大洗へ。
何かを考えるでもなく、考えないでもなく、海面に釣り糸を垂らしている。
魚を釣ってやろうという気もあまりなく、釣り竿を握っているのは他人から不審の目で見られないためのカモフラージュなのかもしれない。
ゆれる水面をぼんやりと見つめ、惚けたような状態で何時間かを過ごす。
自分の今後に関する、頭の中にこびりついた迷妄の存在をいっときでも忘れることができる気楽さ。



今の自分の状態が、2年間にわたる南米暮らしによるものか、それとも2年間日本から離れていたことによるものかは分からない。
ただ言えること。
すでに私は疑問を持ってしまった。
疑問は迷いを誘い込み、私を思惟の無限回廊へとひきずりこんでゆく。



ほころび始めたという桜も見えない。
目の前にはただ渺渺とした海だけ。
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# by luz_esperanza_777 | 2007-04-01 23:42
2007年 01月 07日

書きたいときに…



9日の出国まで正味2日。
やることが多すぎて、ゆっくりブエノスアイレスとの別れを味わう時間がない。
そして、書くことはたくさんあるのに書く時間がない。
書きたいときに限って時間がないのだ。

昨日、仕事の締めくくりとして96歳になる日本人移住者に取材をしてきた。
今日は荷造り。
明日はアパートの掃除。
8日だけはゆっくりと過ごすつもりだ。

9日出国、11日夕方には成田。

光陰矢の如し。
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# by luz_esperanza_777 | 2007-01-07 08:57
2006年 12月 22日

サボリ癖

ええ、なんと申しますか…サボリ癖ですな。

長いこと続けてきたブログも、気がつけばもう何週間も書いていなかった。
忙しいのは現代人である以上至極当然のことで、そんな忙しさを理由にブログから遠ざかっていた真の理由はサボリ癖である。

ガキのころから身にしみついたこの悪癖は、三十路を目前に控えたいまもなお私の中に巣食っていたらしい。

でも、聞いてください。

いま、帰国まであと2週間で結構忙しいんです。

時間ができたら、回想調のブログをアップします。
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# by luz_esperanza_777 | 2006-12-22 07:27 | Dias en Bs.As.
2006年 11月 08日




いよいよ帰国まで2ヶ月。
自分の中で帰国モードが徐々に高まってきているのに対し、配属先では「コイツがもうすぐいなくなる」といった雰囲気は皆無。
こいつら、おれの任期が終了するのを忘れてるんじゃなかろうか。
同期は業務の引継ぎやらなんやら、2年間の仕上げを着々と行っている様子だが、こちとら引継ぎをするカウンターパートもいない。
というわけで、2ヵ月後を思うたびに帰国3日前まで仕事をしていた前任者の姿が思い浮かぶ。
出国は1月9日。
1月はなるべく働かず、帰国準備に当てる方向で考えたいのだが…。
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# by luz_esperanza_777 | 2006-11-08 09:53 | Dias en Bs.As.
2006年 10月 25日

懲りもせず




デメキンの藤兵衛が死んで約1週間。
いつまでもイモリのホセをバケツに隔離しておくこともできないので、小さな水槽を導入した。
さらに懲りもせず金魚3匹を購入。
コメット、水泡眼、三色出目金。
来年1月より飼い主となる彼女はなぜか佐藤さん、山本さん、高村さんと命名。
かくして金魚水槽は「オフィス」と呼ばれるようになった。
花奴という芸妓さんが一人いるのが気になるけれど。
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# by luz_esperanza_777 | 2006-10-25 05:32 | Dias en Bs.As.
2006年 10月 25日

弱肉強食



デメキンの藤兵衛が喰われた。
水草にからまって動かないなと思っていたら、尾びれと片目を食いちぎられていた。

下手人はもちろん、イモリのホセである。
日本のアカハライモリは金魚と共生することができるのでイケルと思っていたのだが、スペイン野郎はどうやら違ったようだ。

いそいでホセをバケツに隔離し、藤兵衛を5%食塩水で満たした集中治療室へ。
藤兵衛はその後3日間生きて、4日目の朝、水面に横たわっていた。
僕は小さな藤兵衛の身体を観葉植物の鉢に埋葬した。

死んだ金魚を地面に埋めることもできないマンション生活で、ましてや小さな水槽で動物を飼うのは人間の単なるエゴかもしれないが、都会の生活の代償行為として必要なものではある。
もちろん、個人差はあるけれど。
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# by luz_esperanza_777 | 2006-10-25 05:19 | Dias en Bs.As.
2006年 10月 18日

休日



休日の午後、Bosque de Palermoと呼ばれる公園へ出かけてみた。
日光浴でもしようかと思っていたのだが、広い公園の中で座る場所を見つけるのも難しいほどの人出。
しばらくウロウロと場所を探し、なんとか隙間を見つけて腰を下ろす。
周りは日光浴をしながら本を読んだり、マテを飲んだり。
園内には池や美術館、サイクリングロード、バラ園などがあり、レンタサイクルやインラインスケートで楽しむ人もたくさんいる。
僕たちもマテを飲みながら本を読んだり、三線を弾いたり。
まだ春先だというのに陽射しは初夏を思わせる強さで肌を焦がす。

夕方、ラバージェ通りに移動してビールを飲み、映画。
『回路』のリメイク、『Latidos』。
あんまり面白くないが、まあいいのだ。これぞ休日、といった充実した一日。
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# by luz_esperanza_777 | 2006-10-18 06:54 | Dias en Bs.As.
2006年 10月 15日

石畳





かつてブエノスアイレスの道という道は、石畳で舗装されていた。
十数センチ四方、長さ20センチ余りの立方体の石を地中に埋め込み、敷き詰めてある。
現在は交通量の多い道を中心にアスファルト舗装が進んでいるが、この街を特徴づけるこの石畳は市内の住宅地などでまだまだ見ることができる。
世紀を超えてポルテーニョが闊歩し、馬車が、自動車が駆け抜けていった石畳は表面が磨り減り、磨かれ、柔らかな光沢を放つ。
夜、街頭の淡い光に輝く石畳の道を眺めていると、そこにブエノスアイレスが持つ情感を見ることができる。
誰もが目にしたことがある、石畳の上で踊るタンゲーロのショット。この街が持つ独特の雰囲気を語る上で、この石畳の存在は欠かせない。

しかし、この石畳が今、ブエノスアイレス市の頭痛のタネとなっている。
世界規模で進んだモータリゼーションはこの国にも押し寄せ、2001年の経済危機以降も自動車の保有台数は伸びつづけている。
加えてアルゼンチン国内では自動車産業が急激に発展しており、国内の自動車需要が以前にも増して満たされるようになった。
鉄道、地下鉄、バス、タクシーと公共交通機関がすべて揃ったブエノスアイレス市内でも、マイカーを持つ市民が少なくない。
そして、そんな自動車の使用者にとって迷惑であり、何の価値もないのがこの石畳なのである。
概してブエノスアイレスの石畳はメンテナンスがされておらず作りっぱなしのまま放置されているため、路面は大きくうねり、ところどころ石は欠け、自動車で走ろうものなら激しい振動と騒音を巻き起こすことになる。
これが運転手にとっては不愉快であるらしい。加えて、自動車へのダメージが気になるようだ。
それならアスファルト舗装なんぞせずに石畳を修復すればいいようなものだが、この石畳、今作るとすると大変な出費である。
石材も以前のように安くはないし、石をひとつひとつ並べてゆくには相当の人件費が必要だ。
そういう理由で、いまブエノスアイレスの石畳の上にはアスファルトが敷き詰められ始めている。

と、ここまでが一般論の前置き。
ここからは僕の話。

ある朝、寝不足でぼんやりした頭を振りながらアパートを出ると、見慣れた風景に違和感を感じた。
その原因がわからないままアパートの前に伸びる道・Valentin Gomezを横切ろうと歩道から足を踏み出した。
その時、ようやく僕は気がついた。
前日まで行われていた工事によって、この道の石畳がアスファルト舗装にすっかり変わっていたのだ。
前日の朝家を出てから舗装作業が始まり、深夜に帰宅するまでの間にすっかり終わってしまったものらしい。
昨夜は気づかなかったが、辺りにはまだアスファルトのにおいが強く残っていた。
かつてカルロス・ガルデルが、オズバルド・ブグリエセが暮らし、古いタンゴにも歌われたこのAbasto・Almagro地区も、どんどん姿を変えていく。

Nostalgia o Utilidad.

花より団子。
かつて南米の中でその美しさを誇ったこの街も、日本と同じように「どこにでもありそうな街のひとつ」に変わっていくのだろうか。
そして、僕もまた「ここではないどこか」を求めて旅をしなければならないのだろうか。
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# by luz_esperanza_777 | 2006-10-15 01:59