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2006年 05月 31日

指定型バトン




メキシコのcimaより、指定型バトンが回ってきた。
初めてだな、指定型って。

さてさて…。

★★★指定型バトンのルール★★★

廻してくれた人から貰った『指定』を『』の中に入れて答えるコト。
また廻す時、その人に指定するコト。

だそうです。
僕が指定されたのは『アルゼンチン』でした。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

★最近思う『アルゼンチン』
アルゼンチン人って、「自分はラティーノじゃない!」って思ってる人もいるらしいけど、やっぱラティーノ。
ほかの中南米の国とは少し違うけど、やっぱりラティーノ!

★この『アルゼンチン』には感動
肉。
この国の牛肉の迫力には、米国人もタジタジ。
なんせ国民1人あたりの年間牛肉消費量はアメリカ合衆国を抜いて世界一!
実は一昨日もアサード(焼肉)で、僕も500g以上は食いました。

★直感的『アルゼンチン』
ヨーロッパの皮をかぶったラテンアメリカ。
いつになっても起きない、眠れる巨牛。

★好きな『アルゼンチン』
芸術への関心と理解の高さ。
ストレートでシンプル。
SiとNoが明確。

★こんな『アルゼンチン』は嫌だ
無言の言が通じん。
滲み出るものを感じ取れない、それどころか滲み出ていることに気づかないところ。
日本人よりデリカシーに欠ける。

★この世に『アルゼンチン』がなかったら
タンゴはこの世になく、世界的に牛肉とワインは今より高くなっていただろうと思うけど、全世界にはそんなに影響なかったかも…(笑)
しかし、僕の人生は日本で終わっていたかもしれない。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

次に回す5人は…

じろう。さん→『スペイン語』
ゴキョ男さん→『日本酒』
asamiさん→『ヴィトリア』
akaneさん→『インターネット』
keiさん→『バンドネオン』

ま、気が向いたらやってみてくだされ。
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by luz_esperanza_777 | 2006-05-31 08:50 | Dias en Bs.As.
2006年 05月 30日

送別




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任期を終えて帰国するシニアボランティアと、アルゼンチン料理の店で最後の食事をご一緒させてもらった。
造園を専門とする彼は、研究者や教育関係者、国際ビジネスなどの専門家が多いシニアボランティアには珍しい存在だ。
実を言えば、アルゼンチンに来た当初から彼の存在が気になっており、機会があればゆっくり話してみたいとずっと思っていた。
しかし、なかなかチャンスに恵まれず、とうとう彼の帰国2日前にやっとゆっくり話せる場を持つことができた。

彼は、自然を相手に仕事をしてきた人間だけが持つ真摯な態度と実直さ、鋭さを兼ね備え、実に穏やかな口ぶりで語る。
清澄かつゆるぎないその一言一言が、僕の胆にしみこんでくる。
彼という人物に引き合わせてくれた大いなる何かに、いくら感謝しても足りない。

地下足袋姿で鋸を携え、夕暮れのパレルモをしっかりとした足取りで歩いていく彼の後姿が、今もしきりに思い出される。
僕にとって彼は憧憬の存在であり、羅針盤でもある。
今はまた会える日を待ち望むよりほかないが、いつかその日が来たとき、胸を張って会えるよう精進しなくてはと強く思う。
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by luz_esperanza_777 | 2006-05-30 13:33
2006年 05月 30日

白寿




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茨城県人会の関係で、1930年にアルゼンチンに移住した男性の白寿祝いに出席してきた。
ブエノスアイレス郊外のエスコバルという街で花作りをしてきた彼は、アルゼンチンの花づくりの第一人者といわれる賀集九平を支え、独立して農園を構えた後は大都市郊外の花卉栽培という新しい産業を確立させたひとりだ。
僕にとっては祖父と同い年の、同郷の先輩である。
彼には2度にわたってインタビューをさせてもらっており、移民当初から現在に至るまでのアルゼンチンの変遷を事細かに聞かせてもらった。

エスコバル日本人会と茨城県人会の共催となった祝賀会。
会場のエスコバル日本人会には、350人にのぼる日系人が集まり、エスコバル市長、日本大使館の領事らも姿を見せた。

本人も参戦するゲートボールの親善試合に始まり、式典と昼食会、余興のステージまで、会は約6時間続いた。

余興の半ばで、彼と彼の家族4世代が合唱する童謡『春よ来い』。
家族の、喜びに満ちた表情に胸がしめつけられる。
ここに、僕たちのあるべき姿がある。

そして、99歳の独唱。

 ここはお国を何百里 離れて遠き満洲の 赤い夕日に照らされて 友は野末の石の下

人間の雄々しさ、強さ、そして優しさ。
彼は99年という年月を懸命に生き抜き、今、僕とは違うレベルの、人間から一歩進んだ存在になろうとしている。
それをなんと呼ぶのか僕は知らない。
しかし、思わず頭を垂れたくなるような光を放って彼は歌う。

 ここはお国を何百里 離れて遠き満洲の 赤い夕日に照らされて 友は野末の石の下
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by luz_esperanza_777 | 2006-05-30 13:31
2006年 05月 30日

El sabor del te





映画に行った。

アルゼンチンに来て1年余り経つというのに、一度も映画館に足を運んだことがなかった。

その理由は言語の問題。
こちらで上映される映画はスペイン語か、スペイン語字幕。
映画によっては僕のスペイン語のレベルでも理解できるものもある。
ときどきTVで放送されている映画を見ることがあるが、けっこう理解できるものである。
しかし、そこはあくまで外国語。
スペイン語に耳をそばだてたり、字幕を読んだりしていると映像を十分に楽しめないのだ。
そのあたりが、邦画や日本語字幕とは違う。

しかし、ついにアルゼンチンの映画館に足を踏み入れるときがやってきた。
そのきっかけはある1本の邦画のアルゼンチン公開。
タイトルは『El sabor del te』。
原題は『茶の味』。
あの石井監督の作品である。
しかも、邦画とあって言語を気にせず見ることができる。
こりゃ見なければなるまいと思っていたところ、知り合いの日本人が「一緒に行こうか」と声をかけてきた。
で、公開が始まった翌日、いそいそと映画館へ。

前評判が高かったこともあって、客席は満員。
ドキドキしながら上映開始。
日本語のタイトルがスクリーンに投影された瞬間、なんだかその縦書きの3文字だけで感動してしまった。

作品についての詳細は公式ホームページに譲るとして…。

笑って笑って、そしてしみじみと「俺ってやっぱり日本人だなあ」と思ってしまった。
あの、家族の関係。
それぞれが、それぞれの人生を生きながら、どこかでしっかりとつながっている。
言葉では言い表されない思いが常に存在し、互いにそれを共有している。
ロケ地が馴染み深い北関東だったということもあり、感情移入するのは早かった。

それにしても、さすが石井監督。
感受性という脆い実体を、えもいわれぬケレン味と笑いとでくるみ込み、嫌味なくこちらの懐へと放り込んでくる。

果たして、この「茶の味」のような微妙な味わいはアルゼンチン人に届いただろうか。
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by luz_esperanza_777 | 2006-05-30 13:25 | Dias en Bs.As.
2006年 05月 27日

25 de mayo




5月25日はアルゼンチンで最も重要な祝日。
1810年同日、この国は独立への第一歩を刻んだ。
「5月革命」として知られる出来事である。
ラプラタ副王領としてスペインの支配を受けていたアルゼンチンでは、現地生まれのスペイン人「クリオージョ」たちが植民地から甘い汁吸いあげるだけの宗主国スペインから独立しようと画策していた。
18世紀後半、世界ではフランス革命、アメリカ合衆国の独立など、民衆による政治や植民地支配からの脱出といった近代への胎動が始まっていた。
折りしもフランスのナポレオンがスペイン王を捕らえたことから、植民地は無政府状態となり、クリオージョたちが行った現地選挙によって最初の政府が誕生する。
アルゼンチンはこの後、独立戦争という長い戦いを勝ち取らなければならなかったのだが、この5月25日、独立国家としてのアルゼンチンの第一歩が踏み出されたのだ。

毎年この日に大統領府「カサ・ロサーダ」の前にある5月広場で大がかりなセレモニーが行われる。
今年は現大統領ネストル・キルチネルの就任3周年に当たることから、彼が所属するペロン党が大規模な集会を企画していた。
このイベントを見られるのも今年が最後かもしれない。
そう思って、キルチネルの演説の時間に合わせて5月広場に出かけてみた。

この日、5月広場に集まる人たちへのサービスとして、地下鉄は無料。
改札口ではガードマンがアルゼンチン国旗の色を模した空色と白のリボンをくれる。
小さな虫ピンがついていて、乗客はこれを胸に着けて5月広場へと向かう。

この日、都心の主要道路はすべて通行止め。
5月広場を中心とする大通りは人で埋め尽くされ、頭上には各政党のスローガンを記した横断幕や国旗、風船が乱舞する。
その上空にはマスコミ各社のヘリコプターが何機も。
主催者発表による動員数は35万人、ある新聞社が推定した動員数は15万人以上。
ま、35万人はかなり水増しした数だとは思うが、確かに10万人どころの騒ぎではない。
この迫力。
人の数だけではなく、その人たちの密度が熱気を放つ。
群衆の中に紛れ込むと、身動きできないほどの密度だ。

予想に反して、集まっているのはペロン党だけではなかった。
左派もいる。労組もいる。学生グループもいる。
見た目は普段よく目にするピケ(デモ)と一緒だが、その規模も雰囲気も全く違う。
まず、あの張り詰めた雰囲気がない。
やはりそこは祝日のイベント。
なんとなくお祭りムードである。
日本国大使館からは5月広場にはなるべく近づかないように、との連絡があったが、危険な雰囲気は感じられない。
いちおう、財布はデイパックの奥底に隠しておいたが。

そして午後4時。
カサ・ロサーダのまえにしつらえられた巨大なステージで、キルチネル大統領の演説が始まった。
カサ・ロサーダでの演説は、ペロンやエビータが行っていたように、バルコニーから5月広場への群集に向けてするものだと思っていた。
しかし、そこはペロニスタ。
あのバルコニーはペロンとエビータのものだそうである。
キルチネルの演説が始まると同時に、それまでの太鼓の音や花火の炸裂する音が静まり、キルチネルの熱弁が5月広場に響き渡る。
人の波をかきわけ、少しでもステージへ近づこうと試みる。
が、近づけたのはここまで。
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キルチネルの演説が終わった瞬間、群集はステージから離れ始めた。
人の流れに流されるようにして、もと来た道を戻る。
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ブエノスアイレス、革命から196年目の午後。

極東の某国とは違い、この国の政治を動かしているのは政治家や経済界だけではない。
やはりそこには民衆のエネルギーが大きく作用しており、良くも悪くも国民感情が政治を動かしていく。
人の波に揉まれながら、そんなことを思った。


ちなみにこのイベントのあとには、ペットボトルなど5トンものごみが残されていたそうである。
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by luz_esperanza_777 | 2006-05-27 23:31 | Dias en Bs.As.
2006年 05月 24日

金返せ!





またも買い物のハナシである。
でも、今回は日常のちょっとした買い物。3ケタの米ドルなんて登場しないお話だ。

いつもコピーをしたり、ノートを買ったりとお世話になっている語学学校の正面の文具店。
きょう、教材のプリントをコピーしに行ったら妙に気になるデザインのペンを見つけた。
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すごくシンプルだけど、僕からすれば文句のつけようのないデザイン。
「これぞペン!」という感じで、非常に好感が持てる。かわいらしい。
さすが万年筆の老舗ペリカン。170年の歴史は伊達じゃない。
ちょうど赤いペンが切れていたので、赤いのをレジに持っていって購入。
3ペソ50センターボ也。やっぱりちょっと高かったが、それでもいいのだ。

ポケットの中でペンを握ったりしながら、なんとなくうきうきした気持ちで事務所へ。
ちょうど校正しなくてはならないものがあったので、ペリ恵(赤なので女の子ふうに命名)のデビューとする。

ところが…。
キャップを外して、イヤな予感が頭をよぎる。
なんでペン先が青いんだろう。
そういえば、キャップの先もペンのオシリも青い。
まさか…。
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青いボールペンでした。
いい女だと思ってオネガイしたら、トラベスティ(ニューハーフ)だったっていう悲話と同じ展開である。

そういえば、師匠からは「見かけに騙されるな。オカマにも偽れない部位がある。それは手の大きさだ」って言われたっけ。オネガイする前にさりげなく手を握らねばいかんのだった。
「アルゼンチンではペンは買う前に試し書きしろ」って言われてたのをすっかり忘れていた。
ちゃんとチェックしなかった俺が悪い。

でも、このペリ恵改めトラ夫(トラベスティのトラ)、書き味はなかなか。
オカマとはいえ、さすが老舗ペリカン。
今となってはこの赤い身体もなにやら妖しげだが、愛してしまったものは仕方がない。
命尽きるまで、面倒見させていただきます。
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by luz_esperanza_777 | 2006-05-24 06:48 | Dias en Bs.As.
2006年 05月 24日

水泡に帰す





こう見えて、結構手先は器用である。
細かい作業があまり苦にならない。

その日、ストロボを買ったその足で画材屋へ。
レフ板代わりのボードやら、小物撮影の背景用の紙やらを買いに何度か行った店である。
そこで購入したのは厚さ1.5mmていどの塩ビの板と黒いテープ。
なんの材料かというと、ストロボの光を拡散させ、和らげるディフューザを製作するのだ。

日本では田舎にあるカメラのキ●ムラでもごく当たり前に販売している(と思う)ディフューザ。
しかし、アルゼンチンではプロ相手に商売をしている店でも売ってないのだ。
職業で写真をとってる人は個人輸入でもしてるんだろう、きっと。

インターネットで見つけた「作り方」を自分流に変更しながら、1時間ちょっとで第1号が完成。
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材料も道具もそろわなかったということで、細部の仕上がりには目をつぶる。
早速ストロボに装着してテスト。
効果は、まあありそうである。

工作後の後片付けをしながら、余った塩ビ板を使って内蔵ストロボ用のディフューザ作りを思い立つ。
最初は丁寧にカッターで切っていた塩ビ板だが、メインの作品(?)は出来上がっているので、気楽にはさみでジョキジョキと切ってしまう。
で、出来上がったコレを
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こう装着すると…
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ちゃんと機能するんですね。
1号の製作に1時間以上費やしたオレはいったいなんなのだろう。
こんなんでもいいのかよ…。

で、やめときゃいいのに外付けストロボ用ディフューザ簡易版も製作。
イヤになるくらいシンプルな構造。
なんせこんなんを…
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こうして…
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こうするだけ。
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で、効果のほどはというと…
1号と遜色ないんですね。

人生に遠回りなんてないというけれど、私のディフューザ製作には確実に存在していた遠回り。
もう、いっそのこと一番金とヒマを要した1号なんて捨ててしまおうかと思ったけど、もったいないのでとりあえずしまいこむ。
おそらく、使うことはないだろう。
さようなら、「ヤワラゲン1号」。
さようなら、私の1時間半…。

時計を見ると午前3時。
帰宅してから5時間が経過していた。
どんだけ浮かれてたのかと自分でもアホらしくなり、、翌日のための宿題も夕食も放棄してワインだけ飲んで眠った。
こんな調子で過ぎていく28歳の初冬。
自分の人生が途方もなくみじめに思えてくる。
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by luz_esperanza_777 | 2006-05-24 06:24 | Dias en Bs.As.
2006年 05月 24日

アルゼンチンでの最大の消費




つ、ついにやってしまった…。
アルゼンチンに来て、最大の買い物をしてしまった。
それは、コレ。
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日本から別のストロボを持ってきていたのだが、おん歳15歳にしてついに故障してしまった。
修理に出してもいいのだが、なにぶん古いモデルでもあり、日本で中古を買ったほうがよほど安い。
しかし、カメラに合わせてどんどん進化しているストロボ。
噂によると、最近の調光の機能はスゴイらしい。
そういや知り合いは僕が初めてデジタル一眼を買ったときに
「え、あのカメラ買ったの?じゃあストロボも新調したほうがいいよ。もうなんてったって、ぜんぜん違うんだから」
と力説したものだ。

それにしても…1ドル1ペソ制度が崩壊した後のアルゼンチンでは、輸入品であるカメラ、カメラ用品は高い。
日本よりもぜんぜん高い。日本で買うより1万円も高い。
なので、純正品はあえなく断念。
だが、純正じゃなくたって性能はそれほど悪くない。
ちゃんとカメラ店の店頭でしつこいほどテストさせてもらった。
「現金一括!さ、いくらだね」と強気の交渉の末、70ペソほど値切って購入。

ここはカメラ小僧のブログではないので特にインプレは書かないが、
「やっぱ買ってよかった!」

昨夜は午前2時まで部屋の中をうろうろしながらストロボをテスト。

 「バウンスさせてこっちから光を当てると…」 パシャ、ピカッ!
 「リモートでスレーブ撮影ができるから、今度はこっちに置いて…」 パシャ、ピカッ!

深夜のアパート。カーテンの隙間からもれるフラッシュの閃光…。
考えたら、相当アヤシイ住民である。
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by luz_esperanza_777 | 2006-05-24 05:59 | Dias en Bs.As.
2006年 05月 24日

ドキッ! オンナだらけの…



世の中男と女しかいないんだから仲良くやるしかないじゃん、というのがいつものオレの意見なのだが、それでも時には「クソッ、女はこれだからイヤなんだ!」と思うことがある。

花園(オンナだらけのスペイン語教室)2日目。
ひとりの受講者が抱えている問題を語り、ほかの受講者が「もし私がその人なら…」という文型で助言するという練習。
先生が突然こんなことを言い出した。

先生:「Problema es masculino o femenino?」
    (プロブレマ≪問題≫は男性名詞?女性名詞?)

受講者:「El problema, asi que es masculino」
     (エル・プロブレマだから男性名詞)

先生:「Siempre los problemas son masculinos y las soluciones son femeninas」
(常にプロブレマは男性のもの、そしてソルーシオン≪解決≫は女性のものね)

みんな大笑い。
オレも大笑いしたけれど、「このアマ、なんで男がひとりしかいない環境でそんなこと言うんだ…」と内心穏やかではない。

その後も
「男には分からないらしいけど」
「男はそんなもの」
といった言葉が次々に出てくるので、花園2日目にしてややげんなり。

この語学学校のスペイン語コースは、講師のほぼ全員が女性。
テキストもみな女性の視点からつくられているし、講義での教授方法もやっぱり女性的。
そして、フェメニスモに関する話題も多い。
女性が集まるとこうなるのは当たり前なのかな、と思ったけれど、やっぱり違う気がする。

たとえば、日本で同じ状況が発生してもここまでフェメニズムの問題がクローズアップされることはないだろう。
アルゼンチンはマチスモの国。
男は女に優しくするが、自分のものになった女には手荒い扱いを平気でする。
そして、男は女の能力を評価していない。
女性も、それになれてしまっている傾向が強い。
男に「してもらう」ことに慣れ、リスクを負って何かを自分でやろうとする、という女性は少ない。
だから、社会進出を阻まれている知的階級の女性たちはこんなに男どもを攻撃するのだろう。
ひょっとしたら、男女の社会格差は日本以上かもしれない。

でも、お願いだから無神経に発言するのはやめてほしい。
ここにオトコがいるんですから。

そして、口にする前にもう少し学び、考えてほしい。
せめてセックスとジェンダーというそれぞれの概念が別物だと認識できる程度には。
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by luz_esperanza_777 | 2006-05-24 03:59 | Dias en Bs.As.
2006年 05月 20日

花園





ぎりぎりクリアしたレベル5からレベル6へ。
今日、新しいレベルの第1日目のクラス。
半分近くの受講者がレベル5からの持ち上がりで、残りの半分は新しい顔ぶれ。

教室に入った瞬間、思わず後ずさった。
オトコは…おれひとり!?
先生も女性。彼女も持ち上がりなのだが、ときどきおれの存在(つまり男の存在)を忘れるらしい。

「Bueno, chicas haganlo...」
(じゃあ女の子たち、ちょっとやってみて…)

「Para, para! Estoy!」
(待った待った、おれがいるじゃん!)

「Ah, perdon, chicas y Take」
(ああ、ごめん、じゃあ女の子たちとタケ〔おれの名前〕)

授業中、こんな応酬を3度ほど繰り返した。
おれはなにか?第三の性ってか?
前のレベルでも女性が大半だったので、クラスはまるで女子校の雰囲気。
そしておれはこの雰囲気が苦手だ。
知らない人は「いいじゃないか、自分以外みんな女だなんて」と思うかもしれない。
そう思う人は幸せだ。
そう思う人は、自分とは違う生物だらけの別世界に迷い込んだことがないのだろう。
心細さと孤独さ。
そして、微妙な居心地の悪さ。

これから3ヵ月間、つらい日々が始まる…。
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by luz_esperanza_777 | 2006-05-20 03:33 | Dias en Bs.As.