Luz de Tokyo

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2006年 03月 26日

父母キタル




両親がブエノスアイレスに来た。

朝、コレクティーボで2時間近くかけ、エセイサ空港へ。
だいぶ早く着いたが、到着便は遅延。
そして、到着ゲートで待つこと1時間。
心配していたヒューストンでの乗り換えも無事にクリアしたらしく、エセイサ空港に颯爽と(?)姿を現した。
1年2カ月ぶりの、地球の裏側での再会である。
2人とも変わりない。
「ものすごく老け込んでしまっていたら…」
とか、いろいろ考えていたので少し安心した。

タクシーでブエノスアイレスの僕のアパートへ。
日本から来たばかりだというのに、荷物から小さな包みを取り出して「お味噌汁飲もうよ」と母。
インスタントの葱の味噌汁で、ひと心地ついたらしい2人はものすごい勢いで喋り出した。
やっぱり、変わらない。

午後、サンテルモからボカへ。
コレクティーボから外を眺めていたら、オベリスコの周辺では数万におよぶ人が横断幕を掲げて集会をしていた。
今月定められたばかりのこの祝日は、軍事政権下での弾圧を忘れないようにしよう、というもの。

サンテルモは平日よりは多少賑やか、日曜よりは静か、といったところ。
骨董屋の並ぶ市場を見て歩く。
かつて訪れたスペインに似ている、と母。
石畳の路地に、古びれた趣にしきりに感心している。

小雨が降ったりやんだりする。
ドレーゴ広場のそばでタクシーを拾い、ボカへ。
2人とも、「観光がしたい!」というタイプではないので、カミニートは軽く流す。
近くの公園で遊ぶ子どもたちを眺めながら、母はある絵本作家について語り、父は居眠り。

ボカからアバストへ移動し、にぎわうショッピングセンターを見物。
母はハンドバッグを物色。

自宅への帰路にはスブテを選択。
丸の内線の車両に目を丸くする2人。

近所のレストランでパリジャーダ、ワイン。
さすがわが両親、食べられないものなどなかった。
小腸も腎臓もモルシージャも、すべて完食である。

心地よいワインの酔いでゆったりと眠りにつく、ブエノスアイレスの夜。
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by luz_esperanza_777 | 2006-03-26 00:21 | Dias en Bs.As.
2006年 03月 24日

スペイン語との戦い 再び…




今週からスペイン語の新クラスがスタートした。
学校は昨年から通っているUBA(ブエノスアイレス大学)文学・哲学科付属の語学学校。
2カ月間の集中講座で、1日2時間週4回。

クラスメイトは米国人が最多で、あとはヨーロッパ系、アフリカ系。
アジアは日本人、中国人と…珍しくタイ人がいる。

で、授業だが…男女の性差を扱う授業が続く。苦痛である。
この学校のスペイン語講師はほぼ全員が女性。
もちろん僕のクラスも女性講師、受講者もクラスの6~7割が女性。
みんなよく喋る。でも、そういう環境でフリートークをしていると、アホらしくなってくる。
根拠となるデータも、科学的実証も提示されない主張は「推論」もしくは「思い込み」でしかない。
自分の発言も含めてだ。
文法の勉強の手段だとはわかっているが、不快ではある。
フェメニスモも、マチスモもクソ喰らえだ。

で、相変わらずの自分のボキャ貧ぶりを再確認して今週の授業が終わった。
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by luz_esperanza_777 | 2006-03-24 04:15 | Dias en Bs.As.
2006年 03月 22日

有朋自遠方来 不亦楽乎





ブラジルの同期と、その友達がブエノスにやってきた。
その同期とは昨年11月にサンパウロで会っていたのでそんなに「ひっさしぶりぃぃぃぃ」というカンジではない。
しかし、なんともうれしいものである。

2日間のBsAs滞在で忙しい日程だが、初日は午後から旅行会社、両替所に寄ったあと中心街を散策。
路上のタンゴを見物し、ショッピングセンターやフロリダ通り、カサ・ロサーダ(大統領府)周辺を案内し、久しぶりにトルトーニでお茶。
明夜のためにタンゴショーの予約を入れ、サンテルモのパリージャ(アサード店)へ食事に出かける。
僕が大好きな老舗は超満員で行列ができていたので、近くのもう少し庶民的な店へ。

ここで偶然にもWBCの日本対キューバ戦の中継がTVに映しだされていた。
サッカー大国アルゼンチンでは、野球はもちろん超マイナースポーツ。
TVを見ているのは僕ら3人と、早々に敗退した合衆国やカナダからの観光客だけ。
肉を食い、ワインを飲みながら視線はブラウン管にクギづけ。
大量得点で先制した日本に狂喜する僕らを、「アイツらどうしたんだろ?」という怪訝なまなざしで見るアルゼンチン人。

1点差まで詰め寄るキューバ。逃げ切ろうとする日本。
いつ形勢が変わるか分からない展開に、帰るチャンスを失った。
コーヒーを頼み、閉店準備を始めた店に居座った。
店員のオジサンたちも「いいから、ゆっくり飲んでゆっくり見ていきな」と声を掛けてくれる。
さすがサッカー好きな国。ファンの心を分かってくれてる。

5回が終わったところで急いでタクシーを広い、自宅へ飛んで帰る。
深夜のアパートで声をひそめてTV観戦続行。
9回表、イチローがきわどいスライディングで生還した瞬間、3人の口から悲鳴とも、雄叫びともつかない声が漏れた。

やべ、隣人が起きちまった。


その夜、僕はニヤニヤしながらひとり祝杯をあげ、心地よく眠りについた。

有朋自遠方来 不亦楽乎…

思わぬ喜びを思わぬ場所で、思いもかけない友と分かち合うことができましたとさ。
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by luz_esperanza_777 | 2006-03-22 03:59 | Dias en Bs.As.
2006年 03月 17日

衝動





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      すべてはもう 過ぎさったあと


         不意に訪れる衝動

            身を引きちぎるような哀調

                もう届けられない旋律
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by luz_esperanza_777 | 2006-03-17 13:35
2006年 03月 10日

ショーがはねて





僕がタンゴのレッスンを受けているダンサーに頼まれて、彼女が出演するショーの撮影にでかけた。
とある団体がショーを貸切で頼んできたという。
ショーは日本でも人気のあるオルケスタ4人と歌手2人、ダンサー3組。その他コーディネーターや裏方さん、ウエイトレスなどディナーの関係者…仕事する側の総勢は30人以上。
お客は…15人程度!なんて贅沢な貸切なんだろう。

ショー終了後。
僕の先生は「きょうはちょっとなあ…」と自分の出来に不満そう。
僕も思うような写真が撮れなかったけれど、ショー全体の雰囲気はとてもよかった。
最後に定番中の定番「カミニート」。

Desde que se fue triste vivo yo.
Caminito amigo, yo también me voy...

僕は「恨み節」「別れ歌」系の歌詞に弱い。
カナシミを切々と歌われると、もうそれだけでダメなのだ。
ひとりで妙に感動してしまって、その余韻でしばらく何も手につかなかった。

ショーがはねて、みんなでアサード。
仕事が終わったあとの顔というのはとてもいい。
さっきまで真剣な表情で楽器を弾き、あるいは踊り、歌っていた人たちがうまそうにビールやワインを飲み、大口を開けて笑う。
僕も御相伴。びっくりするほどうまい肉で、胃の不調も忘れてむさぼった。

お腹が満ちたところでダンサーやピアニスト、歌手と「アルゼンチン人と日本人、どこがどう違うか」という談義に花が咲く。
みんな日本公演の経験があり、サムライチョンマゲ、ゼン、ゲイシャみたいな偏ったイメージは持っていないのでまともな話ができる。

久しぶりに気持ちよく酔って、笑って、最近のよどんだ自分にサヨナラした気分になった。
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by luz_esperanza_777 | 2006-03-10 08:40 | Dias en Bs.As.
2006年 03月 08日

Dias estresantes






ヒトリザケ、というのはあまりよろしくない。
僕は人と一緒に飲むと制御してしまうほうなので酔いつぶれることはあまりないのだが、自宅でひとりで、となると話は別。
誰にも迷惑をかけずに飲めるということで、限界まで飲んでしまうクセがある。

昨夜もそう。
仕事はまったく進まないし、このところプライベートもガタガタだ。
ときどき、激しい苛立ちが身体の奥から衝きあがってくる。
さいわい休みだったこともあって、いつもより早く家に帰る。
何もしたくないし、誰にも会いたくなかった。
ビールを飲み始めたのを最初に、ワインを空け、ピンガまで飲んでしまった。
何度電話が鳴ろうが、知ったこっちゃない。
本を読みながら飲んでいたのだが、活字を追うのがしんどくなってくる。
最後の最後にピンガを数杯呷ったのが効いたらしい。

久しく味わっていなかった強烈な酔い。
ベッドまで行こうとして立てず、床に転がる。
もう、なにがなんだかわからないほどの酩酊。
思考能力が完全に停止したのは、飲み始めて5時間後だった。

夜中にトイレまで這って、反吐を吐く。
タイルの冷たい床が心地いい。

翌朝。
胸焼けがひどい。
何度も吐いたせいか、喉が痛む。

飲みすぎはよくないのだが、僕の現実逃避を幇助してくれるのはコイツくらいのもの。
飲まずにすむなら、それがいちばんいいのだが。
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by luz_esperanza_777 | 2006-03-08 06:11 | Dias en Bs.As.
2006年 03月 05日

プレゼン能力




活動の関係で会議に出席。

50~60歳代の10人がそれぞれの活動内容について発表した。
ひとり15分という持ち時間で行なわれたのだが、スタイルも内容もそれぞれ違っていて、ある意味では面白かった。
ほとんどの人がPCのデータをプロジェクターで見せるというスタイルをとっていたのだが、パワーポイントが主流の中、ワードを使う人、JPG画像だけをスライドショーで見せる人と、その方法もさまざま。



そんな10人の発表を聞きながら気づいたのが、専門分野によってプレゼン能力が大きく異なる、ということ。

意外だったのが、教育関係者よりもビジネスマンのほうがプレゼンがうまい、ということだ。
教育者などは日々生徒の前で話すのが商売。ほぼ毎日がプレゼン、といったところだ。
当然プレゼンもうまいはず、と思っていたのだが、大違いだった。

思うに、教育者とビジネスマンのプレゼンの違いは「相手の立場にたっているかどうか」である。
教育者は教え方が悪いせいで生徒の理解が得られなくても
 「勉強が足りない」
 「能力がない」
と責任を転嫁することができる。
しかし、ビジネスマンは相手に責任を転嫁することができない。
どんな相手にも理解してもらえるプレゼンというのが彼らに課せられた責務なのだ。
成果が見えにくい教育。成果が数字になって突きつけられるビジネス。
改めてビジネスの世界の厳しさを思った。
そして、教育関係者にはちょっと考えていただく余地がありそうだ。



この日の発表で対照的だったのは、ある教育関係者と技師(というより昔気質の職人)の発表。

前者は、グラフやチャートを満載したパワーポイントに音声まで録音して、あいさつもなく「放送」を開始。
肉声を発したのは、最後の数分間だけだった。
発表は、予定時間の15分ほぼぴったり。

後者は、何の資料ももたず、地下足袋姿で登場。
とつとつと、10分ほど話して席に戻った。

前者の発表中、抗議の意味をこめて僕は「古典落語」の本を開いた。
基本的にこうしたプレゼンは「聞いていただく」ものであり、相手をどうやって惹きつけるかがカギだ。
それぞれの専門分野について、すべての内容をきちんと理解させようというのは無理である。
多少なりとも興味を持たせ、何らかのイメージを与えることができればいいのだ。
そのためには、資料は分かりやすくし、相手の心に訴えかける話し方をしなければならない。
まず、あいさつがない、というのはまず聴衆に対して失礼だろう。
制限時間内に効率よく説明するために録音をしたのだろうが、その発想は完全にズレている。
つまらない話でも、一生懸命に語るから人は聞いてくれるのだ。
僕は「玉音放送」(友人の表現)のような録音の声にいらだち、あきれて古典落語へと逃避した。

その後、マイクを握った後者。
彼はパワーポイントどころか、1枚のレジュメも用意していなかった。
しかし、直立不動のまま低い声で活動状況を語る彼の話からは、彼がどのような思いで仕事に取り組んでいるのか、どんな仕事ぶりなのか、どのような人間関係を築いているのかといったイメージが湧いてくるのである。

考えさせられた。

理解を得る努力を続けてきたビジネスマンのテクニック。
プレゼンを仕事としながら、心に響かない教育関係者の言葉。
人前で話すこととは縁のない職人の、語りの魅力。

相手にわかってもらおうと思えば、表現の努力をすることが必要だ。
しかし、「説得力」というものは、真摯に生きる人間から自然に流れ出るものでもあるようだ。

ちょっとした、目からウロコの経験である。
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by luz_esperanza_777 | 2006-03-05 00:32 | Dias en Bs.As.
2006年 03月 04日

健康診断



半年おきの健康診断。

結果はでていないのだが、気になることがひとつ。
体重が6キロも減っていた。
もともと体脂肪率が低くて、高校生のころから体重の増減はほとんどなかった。
これ以上減らせるとしたら、筋肉である。
最近何の運動もしていないので、筋力が落ちているのは否めない事実。
だが、6キロ分も落ちるだろうか。

体重計は分銅をつかった秤で、あのボクサーの計量に使うようなやつである。
したがって、秤が壊れている心配はほとんどない。

ドクトルの見間違いだといいのだが。
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by luz_esperanza_777 | 2006-03-04 23:37 | Dias en Bs.As.
2006年 03月 01日

ウルメによせて



こんな小さな、干乾びた小魚のどこがありがたいのか。
きっと海外に住む日本人にしか分からない心境だろう。
あるいは、現代のように流通が発達する以前の山国の日本人には理解できるかもしれない。

先輩ボランティアがアルゼンチンを再訪した際に持ってきてくれたウルメイワシ。
さすが経験者だけあって、ツボを押さえている。

ウルメの向こうには懐かしい瀬戸内の穏やかな海が見える。

頭を一口にかじりとれば、香ばしい海の匂いが口いっぱいに広がる。
ぐっとビールをあおると、懐かしい面影が浮かぶ。

ウルメイワシによせて、過ぎし日々を想う夜。

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by luz_esperanza_777 | 2006-03-01 13:13 | Dias en Bs.As.