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2006年 01月 21日

報道写真家

最近このブログからある写真家のサイトへのリンクを削除した。

報道写真の分野で彼が今の地位を確立したのは、ベトナム戦争での取材活動だった。
当時のほかの戦場カメラマンと同様、最前線で彼は戦争の現実を撮りつづけ、世界中に戦争の実態を突きつけた。
僕はこの人の彼の写真はもちろん、写真に対する態度や考え方が好きだったし、その生き方にも憧れに近いものを感じていた。
最近ではカメラを手に徒歩で日本を縦断したりしている。
かつて戦場を駆けた写真家が65歳でカメラ担いで徒歩の旅なんて、ステキじゃないか。
沢田教一が、嶋元啓三郎が、一之瀬泰三が戦場で命を落としていったのに対し、彼は戦場から生きて帰り、活動を続けている。
そのことも、彼が好きな理由のひとつ。
死んだら、だめだ。

     ☆   ☆

ところが、先日偶然目にした新聞記事で、彼のスタンスにちょっと疑問を感じた。

それは、彼のベトナム戦争の報道活動が「ベトナム人の視点に立って報道し、戦争の貴重な記録を残した」と認められ、ベトナム政府から文化通信事業功労賞を贈られた、というニュースだった。
彼がベトナム人の立場で写真を撮りつづけたのは確かだし、彼の写真が貴重な記録になっているのも間違いない。
しかし、政府からの賞を受けてほしくなかった。
ベトナム民主共和国からも、南ベトナム解放民族戦線からも、ベトナム国(南ベトナム)からも、そして星条旗からも自由でいてほしかった。
どの政府がどのように彼の仕事を評価しようが、どんな政治勢力からも孤高を保ってほしかった。
彼にもイデオロギーはあるだろう。
しかし、イデオロギーは時として蒼茫から静かな生活を、そのいのちを奪いとっていくこともある。
イデオロギーよりも何よりも、蒼茫のまなざしをとらえる仕事をしてほしい。
ベトナム社会主義共和国政府の歪みに苦しむ民草の訴えは、どこにいくのだろう。
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今年7月。
ベトナムは南北統一から30年目を迎える。
ベトナムを想う僕の頭の中には、賄賂を引き出そうとしたあのセコイ公安やビア・ホイの亭主、そして彼らが経験した戦争のイメージの断片が渦巻く。
彼は、メダルを胸に何を想うだろう。
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by luz_esperanza_777 | 2006-01-21 09:34
2006年 01月 20日

安心感

人によって、心地よい環境というのは全く違う。
僕の友人には閉所恐怖症の人が何人かいるが、僕は狭いところに入ると安心感を覚える。
寝返りを打つのがやっとの、一人用のテント。
押入れの中。
トイレ。

コイツ、金網と鉄格子の隙間に入り込んで、気持ちよさそうに日向ぼっこしてた。
幅はこの小さな猫の身体がやっと入るくらい。
1日のうち何時間をここで過ごすんだろうか。
コイツもきっと、僕と一緒。
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自分だけが入れる、お気に入りの場所を見つけたヤツがうらやましい。
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by luz_esperanza_777 | 2006-01-20 14:41
2006年 01月 20日

VERANO PORTEÑO

ブエノスアイレスの2度目の夏。
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照りつける太陽はポルテーニャの肌を小麦色に焦がし、街の木々をいっそう美しく見せる。
偶然2年間を暮らすことになった街に、どうしてこんなに愛着を感じるのだろう。
地元の人間はときおり「この都会にはウンザリさせられるよ」とこぼすけれど、僕はこの街になんとも言いようのない親しみを感じる。

この青い空にも、コンクリートの塊でしかないオベリスコにも。
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by luz_esperanza_777 | 2006-01-20 14:33
2006年 01月 17日

新年会

昨年も出席した大使主催の新年会へ。
こうして1年後に同じ場所に来ると、時間の流れを感じる。
まだ1月も始まったばかりだが、アルゼンチンに来たのが遠い昔のように思える。
前回は知らない人ばかりだったのだが、今日は確実に顔見知りが増えていた。
この1年、ぜんぜん人脈作りができていなかったと反省していたのだが、それでも多少は知人ができたということだろう。

前回は余裕がなくてよく分からなかったけど、大使公邸の中には日本の大家の絵画で埋め尽くされていた。
帰り際、そのことに気づいてのけぞるほど驚いた。
さすが公邸。

もう、きっと来ることはない場所。
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by luz_esperanza_777 | 2006-01-17 12:19 | Dias en Bs.As.
2006年 01月 15日

Analogismo

CONTAX T2
Carl Zeiss Sonnar 2.8/38 T*

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とても大切にしていたのに、ずっとかまってあげられなかった。
気にはなっていたのだが、便利さに負けて、浮気を続けていた。
久しぶりに引っ張り出したCONTAX T2。
デジカメなんかより、ずっと付き合いは長い。

何年も使ってきたカメラをこうしてアルゼンチンで眺めると、妙な気分である。

その夏は厄続きで、主力機だった一眼レフの落下に続き、サブのコンパクトがイカレた。
二度と行けないかもしれないパキスタンのフンザで撮影した写真が、ほとんどボケていた。
腹をくくって貯金をはたいて、目黒のカメラ店で中古機を購入。
23歳の秋だった。

インドシナ、韓国、九州、山陰…。
いろんなところを一緒に旅した。
たまにピントをスッコーンと外してくれることもあったが、苦笑いで許してしまう自分がいた。
ちいさなdefectoを上回るカールツアイスT*ゾナー38mmF2.8の描写と、この風貌。

あのころはゾッコンだったのに、人の心はわからない。
仕事で使い始めたデジカメと、趣味の銀塩と。
最初は併用していたのだが、デジタル一眼レフを購入したあたりから、雲行きが怪しくなった。
今では一眼レフも、サブ機のコンパクトも、ともにデジタル。
T2では去年1年間で100枚も撮っていないかもしれない。

デジタルは便利なのだが、どうしても写真づくりの進行が早すぎる。
そして、写真1枚あたりのコストパフォーマンスの低さがゆえに、枚数を多く撮りすぎる。
考える前に撮ってしまって、想いを写し込もうとする情念がなくなってきている。

で、またT2にお世話になろうと思う。

Analogismoバンザイ。
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by luz_esperanza_777 | 2006-01-15 04:10 | Dias en Bs.As.
2006年 01月 15日

Nublado, lluvia

曇りときどき雷雨。
もう何日も、こんな天気。
半袖だとすこし寒くて、日焼けした自分の身体が妙にちぐはくに思えてくる。
おかげでバルコンの植木鉢には水をやらずに済んでるけど。
植木鉢の植物たちには直射日光よりいいのだろうけど、いつもは4枚の葉を精一杯広げて陽光を浴びているクローバーも、きょうはちぢこまって、空を恨めしそうに見上げている。
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降りやまない雨はない。
いつか、晴れの日はきっと来る。
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by luz_esperanza_777 | 2006-01-15 03:26 | Dias en Bs.As.
2006年 01月 15日

同期の桜

パラグアイで活動する同期ボランティアがブエノスアイレスに来た。
横浜で2ヶ月を共に過ごした2人。
休暇を利用してブエノスアイレスから最果ての街・ウスアイアまで足を伸ばすとのこと。
サンテルモの場末の古いレストランで再会を祝す。
年末から年始にかけてブラジルやボリビアから同期が旅行に来たが、都合がつかずに会えたのはごく一部だった。

こうして、地球の反対側で1年ぶりに仲間と酒を酌み交わすと、なぜ自分がここにいるのか、とても不思議な気持ちになる。
自分が選んだ道だけれど、ついこの間までは自分が南米の街に暮らすことなど想像していなかった。
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あと1年。
最近そればかり考えている。
1年後、僕はどこで、どんな気持ちで酒を飲むのだろう。

同じ境遇に身を置く、中南米各国の仲間たちに乾杯。
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by luz_esperanza_777 | 2006-01-15 02:56 | Dias en Bs.As.
2006年 01月 09日

Despedida



  月日は百代の過客にして、行きかふ年も又旅人也。

  舟の上に生涯をうかべ馬の口とらえて老を迎える物は、日々旅にして旅を栖とす。




約1年をともに過ごした先輩ボランティアが帰国する。
ブエノスアイレス郊外のJICA職員の自宅で、送別会。
あいかわらずの馬鹿話ばっかりだったけれど、誰もが心の底から別れを惜しんでいた。
しかし、そこにいたのは自ら望んでその地に赴任した者ばかり。
誰もが別れを惜しんでも仕方がないことを知っており、できることはボランティアたちの帰国後の健闘を祈ることだけ。

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2005年を共に過ごしたボランティア3期14人の名前がデザインされたTシャツ。
5年後、あるいは10年後。
僕らはどんな思いでこのTシャツを手に取るのだろう。


僕に残された時間も、あと1年。
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by luz_esperanza_777 | 2006-01-09 14:00 | Dias en Bs.As.
2006年 01月 06日

Desarrollo de Turismo, Nostalgia de Juventud

観光開発ってのは難しい。
自然環境だけは豊かで、資源や産業がないところは観光くらいしかテがない。
しかし、なーんも考えんとリゾート開発するのは自分の首を絞めるようなものじゃなかろうか。

昔の旅仲間から、かつての僕らの楽園だった石垣島の米原キャンプ場のそばにリゾートホテル建設計画が持ち上がったというメールが届いた。
読んですぐには全然実感が湧かなかった。イメージができなかったから。
完成イメージを見ても、「これドコだ?」と思ってしまった。
石垣では新空港建設に伴って、リゾート開発ブームが再燃しているらしい。
白保の海の時も反対派が長い戦いを続けたけれど、石垣はこれからどうなるんだろう。

       ★    ★

日本の観光開発って、なんでそこにあるものを大切にしないのだろう。
最大の売りになるはずの自然環境ぶち壊してホテル建てても仕方あるまい。
森林切り開いて林道、山の斜面削ってスキー場、森の木をなぎ倒してゴルフ場。

学生時代はスキーロッジで住み込みバイトしながら、ボード三昧の生活をしたこともある。
でも、もう10年近くスキー場には行ってない。
時間がなかったせいもあるけど、なんとなく切り拓かれたゲレンデで滑ることに罪悪感を感じるのも理由のひとつ。
やるのなら、オフピステでハイクアップして、自分の足で稼いだぶんだけ滑るってのがフェアでしょ。

       ★    ★

さて。
大西洋とアンデス山脈に挟まれ、熱帯から寒帯までの気候が分布するアルゼンチンには豊かな自然環境が残されている。
パタゴニアを中心に国立公園は数あれど、まだまだ観光開発は進んでいない。
政府も観光産業の振興を目指してはいるものの、この国の観光産業はまだまだ発展途上だ。
でも、それでもいいかな、と思う。
下手に開発しちゃうよりは、我々のオツムがもう少し良くなるまで手つかずでとっといたほうがいい。

       ★    ★

上手な観光開発とはなんだろう。
素人考えだが、それは安易に観光開発業者の思想やシステムを許容・導入せず、その土地の自然環境や文化、それらを守り育ててきたコミュニティーを持続させるかたちで地元の環境に合った観光産業を樹立することではないだろうか。
これからは世界中の観光地を画一化する大規模リゾートホテル型観光開発はやめて、本当にその土地らしさを味わえ、環境へのダメージを配慮した宿泊施設とエコツアー、それらを接点とした観光客と地元民との交流そのものが、観光の主流になってほしい。

       ★    ★

昔旅した土地を再訪したい、という思いは強い。
しかし、その土地が変わってしまっていたら…。

Desarrollo de Turismo, Nostalgia de Juventud...
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by luz_esperanza_777 | 2006-01-06 06:02 | Dias en Bs.As.
2006年 01月 05日

馬と教会

長い砂利道を通り抜け、たどり着いたのは小さな教会。
傾きかけた陽の光に輝く緑を一心に食む馬。

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そのとき僕はかなり不機嫌だったのだが、この馬を眺めていたらふくれっつらで過ごす時間が惜しくなってきた。

コルドバで。
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by luz_esperanza_777 | 2006-01-05 02:02