Luz de Tokyo

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2005年 10月 24日

選挙

アルゼンチンで国政選挙があった。
投票日の前夜からアルコールは一切販売禁止になると聞いていたので、土曜の午後にスーパーへ行ってワインとビール、ウォッカを買い込んだ。
一晩でそんなに飲むわけはないのだが、禁止といわれると妙に不安になるものなのだ。

しかし、結局夕飯を外に食べに出た。
レストランの席に着いて「あーあ、酒なしの夕食か」なんてぼやいていたのだが…
フト隣のテーブルを見るとワインのボトルが。

MOZO(ウエイター)に聞いてみた。

「Podemos tomar alguna bebida de alcohol?」
(アルコール飲料は飲めますか?)

一瞬の逡巡ののち、ウエイター氏は言った。

「Si,no hay problema」
(ええ、問題ないですよ)

がははははははは。
だから大好きアルゼンチン。
あの素振りからして禁止されているのは本当なのだろう。
さすがアルゼンチン。

冷たいビールのおかげでラビオリがいっそうおいしく感じられた。
なんだかトクした気分の一夜。
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by luz_esperanza_777 | 2005-10-24 13:38 | Dias en Bs.As.
2005年 10月 22日

10年後の再読

アルゼンチンに来て、会社員時代よりも生活に余裕ができたせいか、本をまた読み始めた。
本来であれば本を読む暇を惜しんで語学を勉強すべきなのだが、活字なき人生は無に等しい…とは言わないまでも、本はいまのところ酒と同じくらい大切なので仕方ない。

今、大使館広報文化センターのご好意で借りた文学全集の中の1冊、三島由紀夫の「春の雪」を10年ぶりに読んでいる。
先日、日本文学に関する論文を書いている彼女にスペイン語版を貸したので、自分自身も再読することにしたのだ。

「読んでいる」と書いたが、実は昨夜12時ごろから読み始め、未明に読み終えてしまった。
「豊饒の海」4部作は高校生のときに読んでいたのだが、いかんせん昔のことなので記憶はかなり薄れていた。
しかし、読み進むにつれて自分でも忘れ去っていたシーンが蘇ってくる。
しかも、現時点で読んでいる部分の次の展開が掘り起こされた記憶によって見えてくるので、あたかも既視感のようだ。
こうなってしまうと途中で止められるはずもない。
結局読みきってしまい、今朝は1時間半ほど寝ただけで出勤。
身体のだるさはあるものの、不思議と眠くはない。
心の中が不思議な温度に満たされている。

高校生の頃に感じた、身体の中で何かが激しく暴れるような読後感はない。
あの頃より落ち着いて読んだと思う。あの頃より作品そのものを冷静に読めた。
しかし、その冷静さは読書の本質から離れてしまった証ではないだろうか、と思う今朝。
再読だからか、歳のせいか。
しかし、それも悪くない。あの頃は見えなかったものが見える。
10年後の再読というのも、またいいものだ。

いまは、残りの「奔馬」「暁の寺」「天人五衰」の日本語版とスペイン語版がほしい。
日本語はもちろん自分のため、スペイン語は続きを読んでほしいから。
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by luz_esperanza_777 | 2005-10-22 21:49 | Dias en Bs.As.
2005年 10月 21日

プレゼン

ボランティアの同期が中心となって、ブラジル・サンパウロでの研修を企画していた。
内容はブラジルやパラグアイの移民開始100周年・70周年を想定した記念誌編纂がテーマだが、そこで学ぶノウハウはもちろん記念誌だけにとどまるものではない。
ブラジルの同期が申請した開催計画に対して本部の承認がおりたので、アルゼンチン事務所に参加の打診をしてみた。
返答は「本当に行く必要があるのか」という厳しいもの。
火曜日の時点で「木曜日に事務所に来て、参加の動機について説明しなさい」との指示があった。
そして水曜日。
午後にメールボックスを開いてみると、「プレゼンに際しては、パワーポイントまたは企画書を準備すること」という通知が届いていた。
「なんじゃこりゃああ!!」
前日じゃないか。
しかし、やるからには向こうの条件を飲まねばならない。
やるからには、勝ちに行くのだ。
それが漢だ。
パワーポイントを使ったほうがいいのだろうが、あいにく事務所のパワーポイント搭載マックはご機嫌ナナメ。
気合を入れて短時間で企画書を書き上げ、同行する予定のカウンターパートと簡単に打ち合わせをした。

そして当日。
倍の移動時間を見込んで早めに家を出て、地下鉄の駅へと向かったのだが…。
改札口を抜けて地下鉄に乗り込んだ瞬間、トラブルにより運行中止のアナウンス。
嫌な予感。
急いで外へ走り、コレクティーボ(バス)に飛び乗る。
朝のラッシュがもどかしい。
満員できれいなおねえさんに挟まれているからって、ニヤけている場合じゃないのだ。
いや、マジで。
5分遅れで事務所に飛び込むと、「お、やっと来たねえ遅刻君」。
30分や1時間の遅刻が珍しくないアルゼンチンのスタイルって、何て素晴らしいんだろう。

調整員や業務部長を前に行なったプレゼン&質疑応答は1時間弱。
なかなか厳しい雰囲気だったが、最終的に「ま、いいんじゃないですか」という業務部長の一声で承認の方向が確定した。
ダメでもともとと思っていただけに、なかなか実感が湧かない。

出発は11月8日。
できるだけの勉強をしてこようと思いながら事務所を出ると、ブエノスアイレスには真夏のような強い陽射しが降り注いでいた。
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by luz_esperanza_777 | 2005-10-21 06:49 | Dias en Bs.As.
2005年 10月 14日

読書

最近、JICAの現地事務所にボランティア文庫ができた。
これは非常にありがたい。
日本から結構本を持ってきたが、もう読み尽くしてしまっていた。
詩集とか、歌集とかは繰り返し読めるが、それでも目新しい本が読めるのはとてもうれしいことだ。
実は、大使館広報文化センターの蔵書も読んでいるのだが、興味がある本はすでにかなり読んでしまっているのだ。
私の読書傾向は仕事上の資料集めでもない限り、かなり偏読の傾向がある。
個人的な楽しみのための読書の場合、ある作家の作品が気に入ると、その作家の作品を片っ端から読んでしまうのだ。
自分のアンテナに引っかからない作家のものはあまり読もうとしないのは反省すべき点である。

ボランティア文庫の蔵書の中には、熱狂的に愛好する作家の作品がいくつかあった。
たとえば、藤沢周平。
彼の描く人情物が大好きだ。
読後の一杯ははらわたにしみわたる。
日本では山田洋次が藤沢周平作品を3部作として映画化しているらしいが、私はまだ「たそがれ清兵衛」しか見ていない。
のこり2つ(多分最新作はまだ公開されていないはず)はひそかに帰国時の楽しみにしている。
それから遠藤周作、村上春樹、宮部みゆき…このへんは好きな作家の範疇に入る。
たいていの作品は読んでしまっているのだが、こうして読み返せるのは幸せなことだ。

先日このボランティア文庫でフト借りた作品に惚れてしまった。
伊集院静の短編集「三年坂」。
彼の出身が山口ということもあり、作品には山口県の風物がたびたび登場する。
会社員時代を送った山口の懐かしい光景が眼に浮かぶようだ。
華美ではないが巧みな描写を見せる文体と抒情性、まなざしのあたたかさ。
ほかの作品も読みたい。
せひとも読みたい。
しかし、ないのだ。
日本では1冊100円で売っている文庫の古本でさえ買えない、外国暮らしの悲しさ。
仕方がないので、この作家のような視点で日々を過ごし、現実を小説的に見つめて楽しもうかと再読している最中である。
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by luz_esperanza_777 | 2005-10-14 14:25
2005年 10月 12日

がっかり

午前中、語学学校の申し込みへ。
先週でレベル4が終了したので、レベル5のクラスに申し込んだ。
長い列を作り、名前の記入と受講費の支払いだけで1時間半もかかって、ちょっとうんざり。
しかも、受講費が値上がりしている。
レベル3では450ペソだったのがレベル4では470ペソに、レベル5では495ペソに。
このところ、ブエノスアイレスはおしなべて物価が値上がりしており、あきらかに便乗値上げと思われるケースもたびたび目にする。
セコイ。

レベル5の開始は13日木曜日。
てっきり来週からだと思っていて「今週は学校が休みだ!」と喜んでいたのでがっかりである。
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by luz_esperanza_777 | 2005-10-12 13:44 | Dias en Bs.As.
2005年 10月 11日

Cruz y Ocho

セミナー2回目。
今日のお題はクルスとオチョ。
いまだにイマイチ理解できていないが、クルスは男が女性の左右を歩いているとき、正対に戻るために使う…のかな?
初回のクラスでは男性が足を左右に踏み出して正対に戻っていたが、この場合は女性が足を交差させることで正対になる。
つまり、正対に戻ったときには女性は足を交差させていて、男性は足をそろえている。
まあ、または動きに変化をつけるとき、方向を変えるときにも使うのだろう。
「どう踊るか」がうまくイメージできていないので、どう使うかもよく分かっていないのが実態だ。
大事なのは上半身全体で女性をリードすること、らしい。

オチョはピボットで女性が8の字を描くように下半身を翻しながら踏むpaso。
女性が下半身をうまく回転できるようにリードするのはすごく難しい。
講師はオチョのpasoで前後に進んで見せるが、どうもよく分からん。
うまくイメージできない。

帰り際、講師が言った。
「道を歩いているときも、オフィスにいるときも、いつも自分の動きをイメージしなさい」

もう、なんというか、駅のホームでイメージトレーニングに励む役所広司状態である。
姿勢矯正ギプスをつける日も近いかもしれない。

スブテのプラットホームでタンゴのイメージトレーニングをしている東洋人をみかけたら、それはきっと私です。
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by luz_esperanza_777 | 2005-10-11 12:41
2005年 10月 09日

晴天と穴倉

今日は3連休の初日。
しかも快晴である。
世間様はお休み、しかもお出かけ日和だというのに配属団体ではあいもかわらず文化講座が開かれている。
気のせいか、出席している生徒の数も少ないようだ。

この事務所は日が射さない。
昼間も明かりをつけないと何もできない。
夏は涼しくていいのだが、秋・冬・春の三季は底冷えがする。
外界の様子を眺めることもできない。
表の様子を知るための窓がほとんどないからだ。

きょうもまた、朝早くからこの穴倉のような事務所にいる。
外界に思いをはせながら、机に座りっぱなしの一日。
今日だけではない。
毎日7時間以上この事務所にいる。
肉体的にも精神的にも、ひじょうによろしくないのである。

明日は日曜日。
明日こそは光合成をしなくては、と心に誓う土曜日の午後。
これで雨でも降ったらどうしてくれよう、と思うのだった。
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by luz_esperanza_777 | 2005-10-09 05:15 | Dias en Bs.As.
2005年 10月 06日

Fiesta Nacional de la Flor

カピタルからバスで1時間半、ブエノスアイレス市郊外の街で花祭りが行なわれている。
ブエノスアイレス近郊での花卉栽培を一大産業にまで成長させたのは日系移民の業績にほかならない。
イタリア系移民が細々と酪農を営んでいるだけの、何もない辺鄙な田舎町だったエスコバル。
1930年代から広大なパンパを切り拓き、次々と温室を建てていった日本人たちはこの大地に根を下ろし、大都市近郊の花卉栽培という新たな産業を育てあげた。
その業績を象徴するのが花祭りだ。今年で42回目。

10月最初の日曜日、オンセのバスターミナルからバスに乗ってエスコバルを目指した。
気合は十分。今の僕には、この花祭りは日系人の活躍の象徴みたいに思える。
初夏を思わせる陽射しの中、コレクティーボはパンアメリカンハイウェイを疾走する。
前夜は十分に寝たはずなのに、かすかな揺れに眠気を誘われ、途中で眠ってしまった。
「エスコバルだよ」という声に目を覚ますと、そこは低い建物が並んだカピタルとは違う街が広がっていた。
バスターミナルから適当に歩き出し、花祭り帰りらしい花を抱えた女性に場所を聞いてみる。

「ここを4クアドラまっすぐ行って、線路を渡ったら左に5クアドラ」

しかし、行っても行っても線路なぞ出てこない。
迷ったかな、と交差点できょろきょろしていると、遠くに花祭りの横断幕がかかっている。
どうやらそこがちょうど曲がるべき交差点だったようだ。
会場は公園のようなところ。

10ペソの入場料を払おうと窓口に行くと、そこに座っていた女性が「De donde?」と聞いてくる。
「De capital」というと、そうじゃなくてどこの生まれかという。
日本だけど、どうして?と尋ねると、「なんでもない、ありがとう」と話を打ち切られた。
一瞬外国人料金とかがあるのかと思ったが、そんなわけじゃないらしい。

会場の中に入ると、右側に大きな花の販売所がある。
しかし、花祭りという割には花の展示が少ない。
今回のメインはTulipan、チューリップらしいがそんなものは見当たらない。
トヨタやプジョーなど自動車メーカーのブースが現れた瞬間、ツレが言った。
「来る場所間違えたんじゃない?」

ははははは。
それは冗句なのだが、確かに会場の所在地も知らずに来たわけだし、会場の雰囲気もそう言いたくなるようなかんじである。

会場をぐるっとまわって、鉢植えの販売ブースに立ち寄る。
はっきり言って、日本のどこかの園芸センターのほうがよほど品揃えは充実している。
胡蝶蘭、バラ、キク、ベゴニア、ガーベラ…
スペイン語の名前を読みながら、日本の名前を思い出す。
ここにはエスコバル日本人会が出展するブースもあった。
そのブースにいる日系人はもちろんスペイン語を話す。
この人たちから僕はどんなふうに見えているんだろう。

その後、コリエンテス州で生産された花の展示会場を巡り、品評会に出展された花を眺める。
中には毒々しい色に彩色された花もあってアルゼンチン人の趣味を疑いたくなったが、まあ細かいことは気にしないのだ。

満足しているのかいないのか。
微妙な心持ちで外に出たとき、雷鳴とともに雨粒が路面を叩きはじめた。
エスコバルの花祭り。

こんなもんなのか、日が悪かったのか。
来年、もう一度来よう。
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by luz_esperanza_777 | 2005-10-06 06:37 | Dias en Bs.As.
2005年 10月 04日

Seminario 1

ここは備忘録的タンゴ練習日記です。

ゼロからのスタートとして、書き始めました。

関心がないヒトはゴメンナサイ。

       ☆

きょう、配属団体でタンゴを教えている講師が日本公演に出発した。1ヶ月の日本ツアーだ。
1ヶ月間はほかの場所で練習しなくてはならない。
で、ネットやらミロンガにおいてあった雑誌やらでクラス探し。
結局、地域と曜日別でクラスを調べられるABC Tangoというポータルサイトで探して、かたっぱしから電話をかけた。

「午後3時以降にかけなおして」

「時間割が変わったのよ」

「…………」(電話に出ない)

4件目でやっと「きょう、ちょうど入門者向けのクラスが始まりますよ」という返答。
エスメラルダ通りに面したタンゴの衣装や靴なんかを扱う店の2階。
建物は100年近く前のものらしいが、古い煉瓦造りの壁を生かしてきれいに改装してある。
床もきれいな板張りで、ミロンガが開けそうだ。
講師も感じがいい。

かんたんに挨拶して、ほかの受講者を待つ。
15分ほど待って、ようやく現れたのは50歳は過ぎているであろうセニョーラ。
母親くらいの歳である。
どうやらこの人と踊ることになるようだ。
最近では若者にも見直されているとはいえ、タンゴの愛好者はまだまだ中高年が多いらしい。
べつに若い子を期待してたわけじゃないが、オフクロの世代とはね…。
まあいいや、と気を取り直してレッスン開始。

はじめは、身体を使って女性をリードする感覚を養う練習から。
セニョーラと向かい合って、お互いの上腕をつかんで、横へのステップを繰り返す。
自分が動く前に相手を動きたい方向にリードして、相手が動き始めてから自分も足を踏み出す。

つぎは、音楽に合わせて歩くセニョーラの横に立って、手を引いてリードする。
ちょうど視覚障害者を導くように。
女性は歩き続けなくてはならず、男性は女性が壁にぶつかったりしないように導いてやらなくてはならない。
これは女性が「リードされる感覚を知る」のと同時に、男性に「リードするとはどういうことか」を理解させるためのレッスン。

次は向かい合って、肘を身体の横につけ、前腕をお互いに差し出して掌を上下に重ねる。
その掌を介してリードの方向を知らせ、前後、左右に動いていく。
もちろん音楽に合わせて。
セニョーラが音楽のリズムを把握していないので、リードするのが難しい。
お互いの上腕をつかんで同じことをしてみる。

今度は男性が前進する場合の道のとりかた。
女性の右側、中央、左側に3本の道があると仮定して、前進あるいは後退する場合、その3本の道を使い分けることができる。中央から歩き始めて、左へ、中央へ、右へ。
左の道に行きたいときは、右足を左足の前に出して道を踏み変える。
右の道に行きたければ左足を。
戻るときも、戻る方向とは逆の足を前に出して道筋を変える。
左から中央に戻るときは右側への移動だが、左足を右へ踏み出して変える。
右から中央へは、左足。

次はabrazarして同じ練習。
男性の右半身は女性に密着したポジションで、組んだ左手、女性の背中に回した右腕全体を使って進行方向を伝える。
ちょうど、男性と女性の腕から手が環状のセンサーになるような感覚。
歩幅を合わせるのが難しい。
女性の左右を歩くときは、上半身を女性側にひねって、胸同士が平行になるように保っておく。

歩き方は滑らかに、とまらずに動き続ける。4ビートのイメージ。
ここで今日のレッスン終了。
来週はピボットの練習をするそうだ。

配属団体の講師は自分の身体を自分の意思でコントロールする方法を中心に教えてくれる。
ここは相手とのコミュニケーションの仕方が中心。
同じタンゴ講師でも、やり方や重点はさまざまである。
配属団体の講師が「いろんなセンセイに教わるのも大切」と言う意味がよく分かる。

ちなみにこのクラスの初心者講座は全5回、1回12ペソ也。

来週までにもう1回くらい練習するクラスを探さねば。
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by luz_esperanza_777 | 2005-10-04 15:04
2005年 10月 04日

Begonia

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花は花。
それ以上でも、それ以下でもない。

でも、時として思わぬ姿態が目に焼きつくことがある。
花祭りのベゴニア。
もっと可憐な花だと思っていた。

その意外なあでやかさに思わす足を止めた。

花は花。

けれど、あれからずっと、頭の中にはかすかな酔いが残っている。
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by luz_esperanza_777 | 2005-10-04 12:52