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2005年 05月 27日

天敵

天敵ってのは、突然現れるもんだ。
べつに敵対する立場にいるわけじゃないのに、気がつけばぶつかっている。

ある場所で、なんどか会ったことがあるA氏。
昨日、また会った。


飯を食いながら8人で話をしていたら、男3人がいつの間にか理屈っぽい話になっていた。
マスコミの取材・報道を批判するA氏。

「でも、真実ってのは多面体ですから。
どの角度から切り込むかによって、少しずつ違って見えることもあるんです」

と言ったら

「そんな優等生的な答えは要らないんだよ」

ですって。

もうちょっとマシな反論の仕方はないもんかね。
ウチのオヤジと変わらない歳の人物だが、あまりにも幼すぎる。

前にもjicaの施策をめぐる論議でぶつかったことがあった。
いつも、「酒の雰囲気を壊しても仕方ないし、不毛な論議が続くだけだ」と思って口をつぐむ。

行動を伴わない批判は、惨めだ。

いつもそう思う。
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by luz_esperanza_777 | 2005-05-27 04:17 | Dias en Bs.As.
2005年 05月 25日

再スタート

昨日からUBAの語学クラスが始まった。
先週Nivel2が終わり、Nivel3に。
クラスメイトも大きく変わった。

非常に陽気なドイツ人のおじさんが、クラスの雰囲気をほどよく盛り上げてくれる。
そして、レベルの割にはみんなよく喋る。
ほとんどが過去にスペイン語を学習していた人か、アルゼンチンに何年も住んでいる人。
文法はオレとどっこいどっこいかもしれないが、みんな語彙が豊富である。
授業中に発言できず、黙りこくるしかないのが悔しい。

帰りがけ、アルゼンチンに来て4日目というクラスメイトのインド系米国人と昼食。
彼女はヒンディーも喋れるしインドにもたびたび行っているので、インドの話で盛りあがってしまった。
前回のクラスは授業が終わると「ほいじゃサヨナラ~」ってかんじだったけど、今回こそは交際範囲を広げなくては。

学校帰りに思いたち、文房具店によって小さなノートを買った。
品詞ごとに単語を並べてみようと思う。
物事が長続きしないオレに、ウチのおふくろがよく言ったものだ。

「3日、3週間、3ヶ月、3年」

すこしずつ、「せめて3日は」「せめて3週間は」…って続けていけば、それがいつしか習慣に変わるってさ。
3日ボウズにならないように、少しずつ続けます。

それにしても、なんで「3」なんだろ。
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by luz_esperanza_777 | 2005-05-25 04:32 | Dias en Bs.As.
2005年 05月 23日

アルゼンチンらしい1日



日曜日。
とくに予定もないので、郊外のLujan(ルハン)に出掛けた。
ここはサンタ・マリア・デ・ルハンというアルゼンチンでもっとも有名な聖母で知られている。
ブエノスアイレスにいると、毎日のようにサンタ・マリア・デ・ルハンの聖画を目にする。
駅の構内にあったり、コレクティーボ(バス)のリアウインドウに描かれていたり、はては大家が張ったのだろうか、自宅の冷蔵庫にもその姿をあしらったカレンダーがある。
その本拠地はいかに。

オンセから列車に揺られること1時間。さらにモレノで乗り換えて30分ほどでルハンに着いた。
駅から市街地まではコレクティーボ(バス)で10分。

コレクティーボを降りると、そこにはかつて見たことのない光景が広がっていた。
教会前の広場にはおびただしい数の人が渦巻く。
教会の入り口からは、途切れることなく人が吐き出されてくる。
数千人はいるだろうか。
日本の寺社では、初詣の時にしか見られない光景だが、ここではそれが日常のようだ。
広場の周辺に軒を連ねる露天の数がそれを証明している。
ロサリオや十字架、聖画などを売る露店の数は3ケタを優に超えるだろう。
日本人が神社でお守りを買う感覚なのだろうか。
観光バスで乗り付ける人たちは、それらの露店でメダイや聖画を買っていく。

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残念ながら教会は外装の工事中。

考えてみれば、「お伊勢参り」に代表されるように日本人は寺社参りと物見遊山(今でいう観光)を組み合わせて旅を楽しんできた。
その発想はどうやら万国共通らしい。

それにしても、ここまでとは。
さすが、カトリック教国。

     ☆     ☆

ブエノスアイレスのカテドラル・メトロポリターナよりも巨大な教会をひと回りして外に出ると、あたりがやたらに騒がしい。

忘れていたが、今日はアルゼンチンのサッカーを代表する2大チーム「ボカ・ジュニオルス」(かつてマラドーナが在籍)と「リーベル・プレート」が対戦する「スーペル・クラシコ」の日だった。

どうやらボカが勝ったらしい。

ボカのユニフォームを着たニイちゃんたちが原付をブイブイいわせながら歓声を上げ、サンテリア(聖具店)が並ぶ道を走り抜ける。
中にはハコ乗りでユニフォーム振り回すヤツもいる。

すごいはしゃぎっぷり。
さすが、マラドーナ教国。

     ☆     ☆

教会以外にも観たいところがあったが、時間切れ。
バスターミナルでビールを飲み、ブエノスアイレス行きのコレクティーボに乗る。
列車2ペソに対し、コレクティーボは4ペソと少しだけ高い。
夕暮れの田舎道を走るバス。
ビールが心地よく身体にまわり、いつの間にか眠り込んでしまった。

「Se rompio!」(壊れちゃったよ)
不吉なコトバで目が覚めた。

バスは…停まっている。
乗客全員がバスを降りていく。
時計を見るとまだ1時間ほどしか経っていない。

運転手に聞くと、まだここはモレノ。
バスは15年落ちの韓国車で、応急処置で走れる状態ではないという。
寒さに震えながら、高速道路のそばで後続のバスを待つ。

そして、やってきたのは故障車に輪をかけたようなポンコツバスだった。
さすが、ラテンアメリカ。

     ☆     ☆

3時間以上もかけて自宅の近くまでようやくたどり着いた。
いつものバーでビールを飲みなおそうと思ったが、今日は日曜日。
このバーは水、木、金の3日しか営業しないんだった。

さすが、アルゼンチン。
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by luz_esperanza_777 | 2005-05-23 12:27
2005年 05月 20日

次へ。

負担に思っていたことが終わったあとってのは、妙に気持ちがいいもんだ。
今日はUBAの集中講義(2ヶ月・64時間)の最終テストが終わった。
外に出たら、ブエノスアイレスの街がいつもより華やかに見えた。
    ☆   ☆
一昨日に筆記があり、今日は口述。
ひとつは、受講者が2人で1組になって会話するというもの。
当日に「あなたは友達を郊外のアサードパーティーに誘いました。さて?」といった旨の設定があり、適当に会話を続けていく(芝居のごとく)。
筆記もそうだが、ここの学校は「続きを想像して書け」といったような、創造力を求められる設問が多い。
オモロイねえ。
僕はいつも先生が笑ってしまうようなストーリーをひねり出そうとして、無駄に時間を費やしてしまう。

即日結果が出た。
点数は僕の頭のスペックがばれてしまうので極秘事項だが、合格ラインギリギリとだけ言っておこう。
    ☆   ☆
引き続き次のレベルを受講することにした。
クラスメイトも大きく変わるだろう。
ちょっと、楽しみである。

週4日、1日2時間。
僕のボランティア「兼」学生生活は当分続きそうだ。
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by luz_esperanza_777 | 2005-05-20 03:13 | Dias en Bs.As.
2005年 05月 19日

反省。

日々の出来事を、そのままに記録しようと思ってカテゴリを変更したのに。
結局、自分の意識は変わらず、気が向いたときだけしか更新してない。
というわけで、サル並みに反省。

もし、このブログ読んでくれてる奇特な人がいたら申し訳ないけど、今後はショーもない日々のことをツラツラ書きます。

明日はUBA(ブエノスアイレス大学)のスペイン語講座の試験。
早く寝なくては。
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by luz_esperanza_777 | 2005-05-19 12:50 | Dias en Bs.As.
2005年 05月 13日

運転

運転が好きだ。
だからといって、別にスピードが好きなわけじゃない。
自分の意志で、自由にどこかに行く。
それを可能にしてくれるのが乗り物だ。

小学校にあがる前から乗り始めた自転車
高校を出てから乗り始めたバイク
就職して乗るようになった四輪車。

地元で、東京で、山口で、アジアの国々で…
毎日のように何かを運転していた。
特に好きなのがバイク。
陽光と風を感じながら「どこか」に向かっていくのは、たまらない快感だ。
夏はいくら走っても暑いし、冬は身体のシンまで凍える。
でも、それも楽しい。

今は、何も運転してない毎日。
ちょっと欲求不満気味である。
職場のPCでこっそりネットを見ていたら、HONDAのモンキーが出てきた。
いいなあ、モンキー。
多分、市販車で最小の車体。
50ccというヤクルトサイズの排気量。
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高校生でも手が出るバイクだけど、この小さなカラダには大人にとってもたまらない魅力が秘められている。

ブルーハーツはうたう。

M・O・N・K・E・Y 大人になって
M・O・N・K・E・Y 大事なものを
M・O・N・K・E・Y 忘れそうなら
M・O・N・K・E・Y ついて来い
百戦練磨の 男じゃないけど
 殺し文句は 片道切符
        *******「M・O・N・K・E・Y」甲本ヒロト*******

大型自動二輪の免許をとっちまったけど、別に大型に固執してない。
乗ってて楽しいバイクなら何でもいい。

学生のころに乗ってたスーパーカブは、驚異的なバイクだった。

「過ぎたるは及ばざるが如し」

極端に大きいか、小さいかならば…
もともとミニマム主義的傾向があるオレ。
どっちかといえば、小さいほうを選びたい。

よって、2年後。
2年間、これもいいな、あれもいいなと想像を膨らませて
当分は楽しめそうである。
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by luz_esperanza_777 | 2005-05-13 09:36
2005年 05月 06日

信仰

少し、酒を飲んだ。
酔ったとき、いつも考えることがある。
それは、自分が持てないでいる「信仰」のこと。

今、宗教書を読んでいる。
といっても、新潮新書の読みやすいものだ。
釈迦とイエスを対比させて仏教とキリスト教の姿を浮き彫りにしようとする、
ひろさちや氏の「釈迦とイエス」。

遠藤周作が述べているように、ヨーロッパのキリスト教(特にカトリック)は日本ナイズトされないがゆえに、日本で多くの信徒を獲得できていない。
しかし、カトリックの教義が日本ナイズドされることはない。
もし、日本風に変えてしまえばそれは即異端となる。

日本人の宗教アレルギーはさておき、カトリックの教義に共鳴する人は多くても日本人の信徒は少数だ。
その理由がこの本の中に示されていた。

それは、仏教とキリスト教の発想の違い。
あるいは、アジア人とユダヤ人あるいは西洋人の違いによるものかもしれない。

釈迦の弟子も、イエスの弟子も世俗的な生活を捨て、師に従った。
しかし、その「出家」(あるいは世俗の放棄)の経緯は全く異なる。

イエスの弟子たちはイエスを「信じた」からこそ、世俗を放棄し、彼に従った。
そこには「何のための放棄か」という疑問は存在しない。
彼らはイエスという人物を「キリスト」(救世主)と信じ、キリストが「私に従ってきなさい」と命じたからこそ、世俗を放棄できた。
「捨ててから求める」のではなく、「救われている(求めるものが見つかった)から放棄できる」のだ。

しかし、釈迦の弟子たちは「救い」(仏教でいえば至彼岸≒苦悩からの開放)を求めて世俗を放棄した。
彼らにとって、放棄は手段だった。結果ではなかった。
そして、出家ののちに至彼岸を求めて修行を重ねる。

ここに発想の違いがある。

神を信じたからこそ信仰の道に入る人々。

真理を求めて修行の道に入る人々。

我々日本人は、納得しなければ信じられないのだ。
しかし、キリスト教は「信じること」から出発している。

大きな違いだ。

そして、私も「納得できないと信じられない」日本人の一人。
「信じることは救いである」ということは理解できる。
そして、イエスが示した愛(アガペー)に共感を覚える。
しかし宇宙観についていえば、カトリックの教義には首をひねってしまう。
それは旧約の世界をあまりにも引き摺りすぎているからだろう。
宇宙観に関しては自分の考えは仏教的だ。

どうすりゃいいんだろうね。
私の救いは、至彼岸は成るのだろうか。
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by luz_esperanza_777 | 2005-05-06 13:15 | Dias en Bs.As.