Luz de Tokyo

luzesp.exblog.jp
ブログトップ

<   2005年 03月 ( 10 )   > この月の画像一覧


2005年 03月 31日

追憶

Feliz cumpleanos!

配属先の日系団体が創立20周年を迎えた。

歴代の会長や幹部、親交のある各団体の関係者…
狭い事務所に50人を超える人々が集まる。

c0045153_13454827.jpg


20年間の写真を集めたVTRを見つめる人たちの、追憶のまなざし。


どこの誰でも、どんな思い出でも。


過ぎ去りし日々を回想する表情は、いつもステキだ。
[PR]

by luz_esperanza_777 | 2005-03-31 13:46 | Dias en Bs.As.
2005年 03月 31日

自分はどっち側

夕暮れ間近のJardin Japones。

c0045153_13431293.jpg


池のほとりの白鷺。
足許を悠々と泳いでいく鯉をつついてはみるものの、あまりの大きさに手も足も出ない。
たまに、フザケタ鯉が白鷺に向かって口をパクパクさせてみせる。

なんか、悲しくなった。

圧倒的に強いはずの人間が、弱いはずの人間に手出しできず、バカにされることって、あるよなあ。

「こんな奴らに…」って悔しがるほうも、
「ザマア見さらせ」って侮るほうも、むなしい。

具体的に思い出せないけど、こんなこと、あった気がする。

自分はどっち側にいたんだろう。
[PR]

by luz_esperanza_777 | 2005-03-31 13:43
2005年 03月 31日

カゼヒイテマンネン。

風邪を引いてしまった。

昨年末に予防注射の副作用で熱を出したけれど、いわゆる「風邪症候群」にやられるのは久しぶりのこと。

幸い食欲は落ちていないので、しっかりメシを食って、日本から持ってきた風邪薬を飲む毎日。

熱が出れば治るのだが、それまでが長い。c0045153_13403977.jpg

鼻水はとまらないし、咳は出るし、身体はだるいし、頭は痛むし。

現在の症状だけですでに四重苦である。

これで熱が出たら、仕事どころではなくなりそうである。



でも、イヤだなと思う一方で、「風邪っぴき」の感覚をどこか懐かしく感じる。


かぜの、のすたるじあ。
[PR]

by luz_esperanza_777 | 2005-03-31 13:41 | Dias en Bs.As.
2005年 03月 19日

怒り

どんな国にも腹の立つヤツってのはいるもんだ。
最近はホトケのようなワタクシではあるが、今日、アルゼンチンに来て初めて本気で怒った。

時は今日午後6時ごろ、場所は職場近くの文具店。
ここのオヤジがけったいな野郎ということは知っていた。
大量にコピーを刷るときはこの文具店に発注しているのだが、以前、前任の女性ボランティアとコピーをしにきたときはニタニタ笑いながら女性ボランティアに馴れ馴れしく話しかけてきた。
一昨日、一人でコピーをとりに来たときは、非常に無愛想でつっけんどんだった。
「どこにでもいる、ただのスケベなのね」と思ってその日は帰ったのだが…

今日は100部のコピーを受け取りに行った。
コピーは1枚15センターボだが、大量に依頼するときは13センターボという取り決めになっている。
ところが、今日行ってみると1枚15センターボだという。
当然抗議する。
しかし、「100枚なら1枚15センターボだ」の一点張り。
まあ、そうなのかなと思って支払ったが、つり銭さえ出そうとしない。
カウンターを叩いて要求。
しぶしぶ出した。
「領収書を書いてくれ」
というと、「今日はできない、明日にしてくれ」という。
過去にも同じようなことが何度もあったので、再度要求。
しかし、今日はできないと繰り返すだけ。
領収書書くだけなのに、できないそうです、はい。
能無しなんですね、つまり。

その事実も腹立たしいが、オヤジの態度がもっと腹立たしい。
Hijo de ○uta!という罵倒の文句が口先まで出かかったが、ぐっとこらえた。

でも、体中の血液が胃に集まるような怒りの感情がこみ上げてきた。

このオヤジのムカツク態度の理由が分からない。
というか、こんだけ無礼な態度をとる理由なんてどこにも存在しない。
馬鹿馬鹿しくて、余計腹が立つ。
日本語なら巧妙に相手を皮肉ることもできるのに、スペイン語が不自由でそれさえできない。
クソ、喧嘩もできないなんて。
悔しすぎる。

溜飲を下げるべく、帰宅してから大量にビールを飲んでいる。
ビール代、請求しちゃろうか。
[PR]

by luz_esperanza_777 | 2005-03-19 13:27 | Dias en Bs.As.
2005年 03月 16日

突然気づいたこと

晩メシを食っていて、不意に気がついた。
最近、ペシミスティックな思考から遠い生活をしてる。
毎日笑って、うまいビールを飲んで、たくさん飯を食って。
昔の酒はもっと苦かったし、メシも美味しくて食べてたんじゃなくて、半分やけになって大食いしてた。

これまで、自分には厭世的な部分があって、破滅願望が強くて、いつも死のことを考えていた(自殺するって意味じゃなくて…自分が無に還るってコト)。
なのに、最近じゃこれからどう生きていこうかとばかり考えてる。

遡って考えてみると。
仕事してたころは、まだまだ陰の方向を向いてて、かなしい映画をよく観てた。
深夜、酒を飲みながら、半分泥酔した状態で映画観て一人で泣いてた。
あのころパトリス・ルコントの哀感が好きだった。

姉が結婚し、子供を産み、自分自身でつくりあげた新しい家族を持った。
俺は姉夫婦の家に居候させてもらっていた。
姪たちが太陽の光を身体いっぱいに受けて育つ植物のように、小さな身体で笑っちまうほどたくさんメシを食って、ぐいぐい大きくなっていくのを間近で見ていた。
子供たちを見守る姉夫婦の眼。
それは、墜落していくような愛じゃなくて、限りなく高いところへ昇っていくような愛の姿だった気がする。
今でもルコントの作品は好きだけど、だんだんと「そればっかりじゃない」って思うようになった。

そして仕事を辞め、アルゼンチンに来る前の研修で、たくさんの人に会った。
そこには驚くほどポジティブな人がたくさんいた。
圧倒された。
そのまっしぐらな前向きさについていけなくなって、パーティーの場をそっと抜け出したこともあった。
でも、その邂逅が俺にとってのショック療法だったのかもしれない。

訓練が終わった日、自分でも不思議なくらい泣いた。
なんでこんなに涙が出るんだろうと思いながら、泣いていた。
あれはきっと、ショック療法の反動だったんだろう。

今は、優しい映画が観たい。
コテコテでもいい、山田洋次とかの、優しさがいっぱい詰まった映画。
「学校」、もう1回見たいなあ。
「たそがれ清兵衛」もよかったけど、今は「男はつらいよ」が観たい。

昔からの友達に、25過ぎたころから「人相がやわらかくなった」って言われるようになった。
自分のことながら、人は少しずつでも変わるんだなあとしみじみ思う。



若造
[PR]

by luz_esperanza_777 | 2005-03-16 13:34 | Dias en Bs.As.
2005年 03月 13日

レニー!レニー!!

アルゼンチンにビッグ・スターがやってきた。
その名はLenny Kravitz。

アルゼンチンにしては安くないチケットを握り締めて、ボランティア仲間とライブ会場のボカ・ジュニアーズのスタジアムへ。
周辺は大混雑。
交通規制も敷かれ、スタジアムの周りには800人の警察官が配置されたらしい。

そしてライブは…
c0045153_15424561.jpgレニー、アルゼンチンに来てくれてありがとう!
の一言に尽きる。
クールなポルテーニョのノリの悪さ(テクノで踊り狂っても、ロックでは騒がないらしい)と会場のスピーカー、スクリーンの小ささには閉口したけれど、レニー、あなたの音楽はこの国で聴いてもタマランですたい!

最後にはボカ・ジュニアーズのギター(青地に黄色の星をちりばめ、エンブレムをあしらった)まで登場。
アルゼンチンはあなたのことを決して忘れないでしょう。

そして、もちろん私も…

Muchas gracias,Lenny!
[PR]

by luz_esperanza_777 | 2005-03-13 15:43 | Dias en Bs.As.
2005年 03月 12日

人の遠さと人のぬくもり

活動を終えた先輩ボランティアが帰国する。
2年間の活動について報告する報告会があり、カクテルパーティーに続いて市内のカラオケ店に雪崩れ込んだ。

日本の常識が通用しないアルゼンチンで、必死に活動してきた先輩。
2年間、彼らボランティアと苦楽を共にしたJICA事務所のスタッフ。
1年間、苦しみも喜びも分かち合った後輩。
そして、これから彼らの仕事を引き継ぐ我々。

それぞれが、それぞれの思いを抱いて歌う。

いくらコトバを尽くしても、いくらウタに思いをのせても、哀しいくらいに旅立つ人は遠い。

彼らの昨日に感服し、今日に愛情を感じ、明日に祈りを込めても、伝わるのかどうか。

そんなもどかしさが、私の胸を締めつける。
c0045153_15375419.jpg


でも、きっと大丈夫。

たとえコトバにしなくても、歌が苦手でも、黙ったままでも。

思いは痛いほど、彼らに届いてる。

少し、ナミダが出て、歌えなくなった。
[PR]

by luz_esperanza_777 | 2005-03-12 15:35 | Dias en Bs.As.
2005年 03月 07日

初朝帰り。

アルゼンチンに来て、初めての朝帰りをした。
アルゼンチンの夜は長い。
一般的に、レストランがにぎわい始めるのは午後9時を過ぎてから。
必然的に、夜の遊びはもっと遅くなる。

ある集まりで知り合った日系アルゼンチン人の若者たちと、ボリーチェ(ディスコ)に行った。
昨年末にブエノスアイレス市内のボリーチェで175人の死者を出す大火災があったため、市内に200ほどもあるというボリーチェは軒並み営業禁止中。
コレクティーボ(バス)に揺られること40分余り、ティグレの近くまで足を伸ばす。

入場は10ペソ。

中に入ると、午前3時だというのにとんでもなく人が多い。
踊るのも難しいくらいに人が多い。
通勤時の山手線状態である。
こりゃ、火事でパニックになったら将棋倒しどころじゃすまないだろうな、と思う。

客層は10代から40代くらいまでさまざまだが、10代後半から20代前半が主流のようだ。
音楽はいろいろだが、客の反応を見ているとクンビアが人気らしい。

3時間ほど踊って、朝の6時ごろ店を出る。

睡眠不足で徹夜したのが効いているらしく、重い身体を引きずってアパートへ帰った。
若者の大騒ぎにはなかなかココロがついていかず、そのせいもあって少し疲れていた。

初めて見た、ブエノスアイレスの朝焼け。

残念ながら、写真はない。
[PR]

by luz_esperanza_777 | 2005-03-07 15:26 | Dias en Bs.As.
2005年 03月 02日

小松亮太&オルケスタ・ティピカ

バンドネオン奏者・小松亮太とオルケスタ・ティピカのコンサートに行った。c0045153_1651370.jpg
南米4カ国5都市の南米公演のひとつ。
場所はブエノスアイレスのテアトロ・アテネオ。
配属先の日系団体の関係で「招待者」の椅子にありついたのである。
大使夫妻をはじめ、日本人や日系人の姿が多いが、それでもアルゼンチン人が大半だ。
会場には著名なアルゼンチンのミュージシャンも姿を見せていた。
リョウタ・コマツはアルゼンチンでもその名を知られた存在だという。
僕の席は最前列から3列目。
こんな席に座っていいんだろうか。
2つ隣に座った日系人のセニョーラは、彼が14歳から2年間アルゼンチンでバンドネオンを学んだころのホストファミリーだった。

知らない曲も多かったけれど、超・有名な曲も。
「Por Una Cabeza」
「A Media Luz」
などは、耳になじんだ旋律。
彼がスペイン語で「次の曲は『Caminito』です」
と告げると、会場からは大きな拍手が沸き起こった。
誰もが愛するスタンダードナンバーは、風化することも、錆びることもない。

演奏ももちろんよかったけれど、彼に深い愛情を持つ人たちの思いが会場全体に満ちていて、僕はそのことに感動した。
[PR]

by luz_esperanza_777 | 2005-03-02 16:52
2005年 03月 01日

あなたの名前、漢字で書きます

日曜日。
パレルモ地区のJardin Japones(日本庭園)で行われたイベントに合わせ、配属先の団体が文化講座のPR用にブースを出展。
朝からお仕事である。

周りを見渡すと、中国茶の販売やら「禅指圧」とかいうマッサージ屋やら、中国と日本のものが一緒くたになった雑貨屋やらがある。
ややウサンくさい。

そして我々は「あなたの名前、漢字で書きます」というコーナー。
アルゼンチン人の名前に漢字をあてて、毛筆で書いてあげる趣向だ。
収益は団体運営に当てたいので、高い半紙は使わず、コピー用紙。
墨汁も貴重なので、少し水で薄めて使う。

俺は毛筆が苦手なので、午前中は前任ボランティアの奮闘を見守っていた。
しかし、午後。
ついに黒山の人だかりができ始め、ついに俺も筆を握る羽目に。

これが、やってみると面白い。
「パブロ」という男性には「波風浪」とダイナミックに。
「マリア」という女性は「真理亜」で、日本人でもイケそう。
「マリオ」はもちろん「真理王」である。
「トマス」という少年は「富増」という縁起のよさ。

多少ヘタでも、喜んでくれる。
筆遣いは怪しいが、顔はそれらしく、東洋の哲人風に。
「ガブリエル」「ファンカルロス」なんてのが来ても、決してあわててはいけない。
短い顎鬚をなでながら、宇宙に思いをはせるのだ。
c0045153_0484133.jpg

これは前任ボランティア。
俺は、字も手ももっとキタナイ。
[PR]

by luz_esperanza_777 | 2005-03-01 00:50