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2005年 01月 30日

湧水

水のある風景が好きだ。
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国道1号を通るたび、いつも寄ってしまう静岡県の柿田川湧水群。
できれば、平日の朝や夕方がいい。
静かな時間の中でシャッターを切り続けると、禊をしている気分になる。
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by luz_esperanza_777 | 2005-01-30 13:50
2005年 01月 30日

鶏肉4分の1

休日である。
昼ごろまでゆっくり寝て、市内をぶらぶら歩く。
市街中心部にある大統領府や大聖堂、その他の教会群を見てまわり、
植物園や動物園などがあるパレルモ地区まで足を伸ばした。
歩行時間7時間。

さすがに食事を作るのが面倒になり、自宅のそばのパリージャ(Parrilla=アサードレストラン)へ。
大衆的な店で、床のタイルは割れていてときどき客がつまづく。
冷房なんかない。巨大な扇風機がブンブン回る。
でも、白いテーブルクロスの上に赤いクロスをもう1枚かけて、
ナプキンもお揃いで赤。
このへんのこだわりは、さすが南米のパリだ。

晩餐のメニューはアルゼンチンのビール「Isenbeck」と鶏肉、サラダ。
これだけ食べて、マクドナルドのコンボ(セットメニュー)より少し高いくらい。
鶏肉は一羽の4分の1。c0045153_13451944.jpg
デカイ。
まいるよなあ。

悔しいけれど、食いきれずに半分くらい残したらウエイトレス(=Moza)のお姉さんが
「Comes chiquito(ちょっとしか食べないのね)!」
とこちらの顔色をうかがう。

心配してくれるのはうれしいんだけど…
     もう少し少ない量のメニューをつくってくれえ。
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by luz_esperanza_777 | 2005-01-30 13:45
2005年 01月 25日

自炊

自炊を始めた。
こちらの食事はやっぱり肉が多く、野菜はサラダくらい。
一時期ベジタリアンだったこともある俺。
肉がなくても生きていけるが、野菜は絶対食べたい。

で、近くの八百屋(verduleria)へ。
ニンジン、タマネギ、キャベツ、ニンニク、ナス…
日本でもおなじみの野菜がたくさんある。

店員のおじさん:「De donde sos(どっから来たの)?」
俺:「Soy de Japon(日本から).」

次の瞬間、店員のおじさんはウソをつくなと言わんばかりに首を大きく横に振った。
ペルーかどこか、中南米の人間だろうとさ。

いつも、この顔のせいで日本人じゃないと言われる。
そうです、成田空港で靴の中まで調べられた(しかも2回も!)のは私です。
この前はサングラスかけて歩いてて、ある日系の男性に
「日本人じゃないよね。怖いよ、それなら襲われないよ」
とお墨付きをいただいたばかり。

家に帰って、思い出し苦笑いをしながら鶏肉と野菜のスープを作った。
自炊は安くてうまい。
料理しながらワインの栓を抜いたら、つい飲みすぎた。

アルゼンチンには、1.25リットルのボトルがある。c0045153_1341228.jpg
いつも買う白はコレ。
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by luz_esperanza_777 | 2005-01-25 23:56
2005年 01月 23日

プールが!

同期のYさんが派遣された日系団体の事務局長さんのお宅にお邪魔した。
ブエノスアイレス郊外の住宅地。
庭には定番のアサード(asado=焼肉)用の窯はもちろん、なんとプールが!

昼からビールである。c0045153_13384097.jpg
アサードをたらふくご馳走になり、プールに飛び込む快感といったら…
こりゃあバチが当たる。

この事務局長という方、高校でスペイン語を勉強して19歳でアルゼンチンに来たという。
生き馬の目を抜くアルゼンチンで暮らしてきた男。
これから教わることが多そうだ。
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by luz_esperanza_777 | 2005-01-23 23:37
2005年 01月 21日

引越し

現地適応訓練も終わり、いよいよ引越し。
事務所で受け入れ団体の代表者らと和食のお弁当を食べ、哀れな子羊たちは荷馬車に乗せられて…
本当は涙、涙の解散式が予定されていたらしいが、受け入れ団体の都合で別れの感慨もなく、とっとと解散。
俺も100キロに及ぶ荷物を抱えて、受け入れ団体副会長のRと新居となるアパートに向かった。

新居は映画館、劇場、美術館などが集まるコリエンテス大通り(Avenida Corrientes)を東に向かった、アバスト(Abasto)という地区にある。
配属先まで徒歩5分。
周囲には何軒ものスーパー、エラード(ジェラート)屋、パン屋、ピザ屋…何でもある。
10分ほど歩くと、野菜市場の建物を改装したショッピングモールがあり、ここならディオールやイブ・サンローランなどの小洒落た服も売っている。

アパートは敷地入り口にロック付きの鉄の門、オートロックの玄関、24時間在駐の警備員とセキュリティは問題なし。
部屋が南西向きなのが惜しいが、15畳くらいのリビングと南向きのキッチン、6畳くらいの寝室(ダブルベッド)。
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バス、トイレはユニット。
築7~8年とあってまだまだきれいだ。
リビングにはソファーベッドと丸テーブル(椅子が5脚!)。
こりゃあ快適な生活ができそうである。
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by luz_esperanza_777 | 2005-01-21 23:00
2005年 01月 20日

タンゴショー

140年以上前にオープンしたブエノスアイレス最古のカフェバーに行った。
案内してくれたのは、シニアボランティアの方。
日系企業に勤めておられた方で、ブエノスアイレスにめちゃくちゃ詳しい。
特にタンゴに関して、その造詣の深さには脱帽するほかない。

店はカフェ・トルトーニ(Cafe Tortoni)。
詩人ガルシア・ロルカや画家ベニート・キンケラ・マルティンもこよなく愛したという、歴史ある店だ。

タンゴをショー仕立てで見せてくれるというので、気合を入れて一眼レフを携えていった。
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男と女のパッション、哀歓。
写真も撮りたかったが、もっと集中して見たかったなあ。
また行こう。

皆さんもブエノスアイレスにお越しの際はぜひご一覧あれ。
ショーだけでなく、歴史を感じさせる店内は必見です。
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by luz_esperanza_777 | 2005-01-20 23:59
2005年 01月 17日

大使公邸

夕方から在アルゼンチン大使の公邸で開かれる新年会に出席してきた。
大使公邸は閑静な高級住宅地の一角にたたずんでいた。

各国の大使とか、政府要人が出席する仰々しいものかと思って、やや緊張。
招待状を握り締め、門をくぐる。
さすが公邸、菊の紋がまぶしい。

…それほど堅苦しくないパーティーでした。
出席者は日系団体の関係者や在アルゼンチン日系企業の方々。
青い芝生が美しい庭で、おせちや雑煮を食べながら歓談。

こんな機会、2度とないんだろうなあ。
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by luz_esperanza_777 | 2005-01-17 23:17
2005年 01月 16日

ボカたまらん!

市内観光。

日曜も休みはないのだ。
ハードスケジュールである。

俺が配属される日系団体の前会長と会員2人が市内を案内してくれる。
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まずはハイソなレストランが立ち並ぶプエルト・マデーロ地区へ。
かのクリントン氏も空港から直行したという。
横浜の赤レンガ倉庫と同様、保税倉庫を改造した建物に洒落たレストランが集まっている。
ここでゆっくりと昼食。
店の名前はブエノスアイレスっ子を意味する"PORTENO"。
その後はタンゴ発祥の地であるボカ地区や歴史・政治の中心的役割を担ってきたモンセラート地区、エビータの墓やおしゃれなカフェが並ぶレコレータ地区などを巡る。
次から次へと、連れて行ってもらって「ホーッ、ホホーッ」。そればっか。
ん~、消化しきれんばい。

しかし、ボカはいい。大好きだ。
かつて栄えた港町であり、そこここに漂う場末の雰囲気、洗練されていない街並み。
ここにはタンゴの名曲「カミニート」にちなんで、路地公園が造られている。
そのカミニートのあたりはかなり観光地の落ち着かない雰囲気があるが、
少し離れるとそこはもう人間の気配がむき出しの路地…

はっきりいって治安は悪いらしい。実際、雰囲気はヤバそうだ。
でも、俺はボカが好きだ。
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たまらんね、このエラード屋なんて。
惚れちまった。
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by luz_esperanza_777 | 2005-01-16 23:17
2005年 01月 15日

Donde estoy?

この日は事務所でのオリエンテーションは休み。
だいぶ時差ボケも解消されてきた。
代わりに、ブエノスアイレス州の州都ラプラタ(La Plata)市へ行く。

ラプラタ市はブエノスアイレス連邦首都区(Capital Federal)の南東56km、車で1時間余り。
かっちりとした都市計画に基づいて造られた街で、街路はすべて直角に交わる直線か、対角線。
通りの名前は全て番号だ。

午前中は日系学生寮で行われている中学生対象の短期日本語集中講座を見学、午後は自然科学博物館を見学。
夕方立ち寄った日系の農園で大粒の葡萄を購入した。

さて、この日のメーンイベントは盆踊りだ。
日本の盆踊りは8月ごろが本番だが、ここでは季節感を優先しているのだろう、毎年1月に行われている。
日本語学校の資金集めを兼ねて企画されているらしいが、毎年数千人の入場者を記録するラプラタの一大イベントだ。
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この日は4,000人が来場。
パラグアイのイグアス移住地の和太鼓グループも出演した。
日系も、非日系のアルゼンチン人も「アラレちゃん音頭」に「きよしのズンドコ節」で大盛り上がり。
ヘンな光景だが、ほほえましい。
俺も持ってきた浴衣に着替えて、夏の夜を満喫した。
焼き鳥、ビール、花火。

あれ、ここ、どこだっけ?
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by luz_esperanza_777 | 2005-01-15 23:14
2005年 01月 13日

到着!

遂に来た。
日本からいったい何時間かかったのか。
日本時間の12日午後7時に出発して、現地時間の13日午前10時に到着。時差はマイナス12時間。さてさて…?

ブエノスアイレスは真夏。
飛行機を降りたとたん、熱気が肌にまとわりつく。

入国審査は数秒でパス。
税関も同じく。

迎えの車に乗り込み、高速道路を一路ブエノスアイレス市外へと走る。
見渡す限りの平地。
山がない。
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この日から休みなしの現地適応訓練が始まった。
サン・マルティン広場そばのホテルに宿をとり、午後は現地事務所でオリエンテーション。

地球の裏側に来た実感も沸かないまま、俺たちは運ばれていく。

横浜の訓練でも同室だったK氏が、ホテルの窓の外をみてポツリ。
「不思議だねえ、こうしてみる窓の外の景色。こないだまでは横浜だったのに、いまはアルゼンチンですよ」
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気がついたら、ツインルームのベッドの位置も横浜と同じ。
俺が左側、K氏が右側。なはは。
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by luz_esperanza_777 | 2005-01-13 22:02