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2006年 03月 05日 ( 1 )


2006年 03月 05日

プレゼン能力




活動の関係で会議に出席。

50~60歳代の10人がそれぞれの活動内容について発表した。
ひとり15分という持ち時間で行なわれたのだが、スタイルも内容もそれぞれ違っていて、ある意味では面白かった。
ほとんどの人がPCのデータをプロジェクターで見せるというスタイルをとっていたのだが、パワーポイントが主流の中、ワードを使う人、JPG画像だけをスライドショーで見せる人と、その方法もさまざま。



そんな10人の発表を聞きながら気づいたのが、専門分野によってプレゼン能力が大きく異なる、ということ。

意外だったのが、教育関係者よりもビジネスマンのほうがプレゼンがうまい、ということだ。
教育者などは日々生徒の前で話すのが商売。ほぼ毎日がプレゼン、といったところだ。
当然プレゼンもうまいはず、と思っていたのだが、大違いだった。

思うに、教育者とビジネスマンのプレゼンの違いは「相手の立場にたっているかどうか」である。
教育者は教え方が悪いせいで生徒の理解が得られなくても
 「勉強が足りない」
 「能力がない」
と責任を転嫁することができる。
しかし、ビジネスマンは相手に責任を転嫁することができない。
どんな相手にも理解してもらえるプレゼンというのが彼らに課せられた責務なのだ。
成果が見えにくい教育。成果が数字になって突きつけられるビジネス。
改めてビジネスの世界の厳しさを思った。
そして、教育関係者にはちょっと考えていただく余地がありそうだ。



この日の発表で対照的だったのは、ある教育関係者と技師(というより昔気質の職人)の発表。

前者は、グラフやチャートを満載したパワーポイントに音声まで録音して、あいさつもなく「放送」を開始。
肉声を発したのは、最後の数分間だけだった。
発表は、予定時間の15分ほぼぴったり。

後者は、何の資料ももたず、地下足袋姿で登場。
とつとつと、10分ほど話して席に戻った。

前者の発表中、抗議の意味をこめて僕は「古典落語」の本を開いた。
基本的にこうしたプレゼンは「聞いていただく」ものであり、相手をどうやって惹きつけるかがカギだ。
それぞれの専門分野について、すべての内容をきちんと理解させようというのは無理である。
多少なりとも興味を持たせ、何らかのイメージを与えることができればいいのだ。
そのためには、資料は分かりやすくし、相手の心に訴えかける話し方をしなければならない。
まず、あいさつがない、というのはまず聴衆に対して失礼だろう。
制限時間内に効率よく説明するために録音をしたのだろうが、その発想は完全にズレている。
つまらない話でも、一生懸命に語るから人は聞いてくれるのだ。
僕は「玉音放送」(友人の表現)のような録音の声にいらだち、あきれて古典落語へと逃避した。

その後、マイクを握った後者。
彼はパワーポイントどころか、1枚のレジュメも用意していなかった。
しかし、直立不動のまま低い声で活動状況を語る彼の話からは、彼がどのような思いで仕事に取り組んでいるのか、どんな仕事ぶりなのか、どのような人間関係を築いているのかといったイメージが湧いてくるのである。

考えさせられた。

理解を得る努力を続けてきたビジネスマンのテクニック。
プレゼンを仕事としながら、心に響かない教育関係者の言葉。
人前で話すこととは縁のない職人の、語りの魅力。

相手にわかってもらおうと思えば、表現の努力をすることが必要だ。
しかし、「説得力」というものは、真摯に生きる人間から自然に流れ出るものでもあるようだ。

ちょっとした、目からウロコの経験である。
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by luz_esperanza_777 | 2006-03-05 00:32 | Dias en Bs.As.