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2006年 04月 07日

ミシオネスへ ~4日目午前 サン・イグナシオ・ミニで~





遺跡に近づくにつれて、観光客を当てこんだ土産物屋やレストランが目に付くようになる。
日本の有名ガイドブック「地球の…」には載っていないが、それなりに知名度はあるはずだ。
ブラジル側と合わせて、この一帯の伝道施設群はユネスコの世界遺産に指定されている。
現在アルゼンチン、ブラジル、パラグアイの国境が接するこの周辺地域には、当時30に上る伝道施設があったという。
その中でもパラグアイのトリニダに並んで最も観光化されているのが、このサン・イグナシオ・ミニの伝道施設だろう。

ここでは3人とも外国人料金を支払う。
遺跡を巡るツアーがあるというので、その解説を期待して参加することにする。
ちょうど日系人のガイドを連れた日本人旅行者が居合わせた。
途中まで僕もスペイン語の解説を通訳していたのだけれど、さすがプロにはかなわない。
両親もブラジル側のイグアス出身というガイドさんの通訳をフムフムと聞いている。
で、僕も迷惑そうなそぶりを見せない彼女と日本人旅行者に甘えて、好き勝手に写真を撮り始めた。

伝道施設の概要を説明する資料館を出る。
赤土と青空の下に佇立する赤い石の建造物。
建物の姿は変わったのだろうが、空と赤土の色は変わらないはずだ。
かつてグアラニーの人々が歩いた大地を、今僕が歩いている。
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17世紀末から19世紀はじめにかけて、グアラニー族のキリスト教化の拠点として使用されたこのサン・イグナシオ・ミニには、ピーク時には4500人以上のグアラニー族と2人の神父が暮らしていた。
それまで木の骨組みに草を葺いただけの小屋で狩猟採集生活を営んでいたグアラニー族はヨーロッパから白い人たちがもたらしたキリスト教や生活文化に出会い、その暮らしを大きく変えることになった。

300年近くが経過した今、この地には3キロ離れたパラナ河畔から運ばれてきたという石で作った建造物の一部が残る。
平屋のアパートを思わせるグアラニー族の住居、カビルド、教会、執務室…中には熱帯の木に飲み込まれてしまった石組みさえある。
今は石柱の一部が幹の一部からのぞいて見えるだけだ。
この伝道施設は勢力を伸ばしたイエズス会と、スペイン王室の新大陸での利権をめぐる争いによって崩壊に追い込まれ、100年あまり後にその機能を失った。
コミュニティを失ったグアラニー族は各地に分散し、この地にとどまることはなかった。

失われたひとつの時代。
それはヨーロッパと先住民の共生なのか、ヨーロッパの新大陸への拡大なのか。

今は、石造の建造物が静かに眠るのみだ。




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by luz_esperanza_777 | 2006-04-07 08:12 | Viajes


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